「マコトー、そろそろ起きろー」


畳の上の布団の中で目を覚ます。毎朝父さんに叩き起こされていたあの日々に戻ってきたようで懐かしい。休みの日は昼まで寝てても怒られなかったっけ。


俺はもぞもぞと布団から出て、寝癖の頭をなんとか起こしながらトイレに行った。用を足し、顔を洗って歯を磨くと、ようやく頭が冴えてきた。父さんが張り切って作ってくれたらしい、味噌汁と焼き鮭の和風朝ごはんをありがたく頂く。父さんが口を開く。


「今日は母さんの墓参りに行かへんか?」


「あ、俺も行こう思てたとこ。菊でええかなぁ、手向けるの」


「母さん、菊好きやったやろ」


「そうやっけ……」


よく考えてみると、母さんとの記憶は年々薄れていて、はっきり思い出せるものは殆ど無い。ピクニックに行って花冠を一緒に作ったり、運動会に来てくれたはいいものの、お弁当を作り過ぎてしまっていたり……非日常的な思い出がぎりぎり残っている程度だ。


寂しいものだ。


寂しいと思っても、記憶は残っていてくれないのだから。時間が経つほどに薄れ、思い出せなくなっていく。俺の中から、母さんが消えていく。母さんの笑顔が遠のいていく。


ごめんね、母さん。


***


駅の花屋で菊を買い、母さんのお墓に持っていった。墓地は静かで涼しく、冷たい石がてらてら光って無機質に並んでいる。母さんが死んだ後、無意識に何度も足を運んでしまった場所だ。墓石を掃除して、線香をあげる。


……ここに、貴女はいない。


「マコト。……湯豆腐、食いに行かへんか?いい湯豆腐、奢ったるから」


神妙な顔をしているであろう俺のことを気遣ってか、父さんが聞いてくる。沈黙を破ったのは意外な人だった。


「いいなぁ、私も行く!」


「ね、姉ちゃん!?帰って来てたの!?」


「やぁね、なんか悪い?」


しんみりした俺と父さんの中に急に入って来たのは、俺の姉さん、ゆかりだった。気まぐれな姉ちゃん曰く、マコのカワイイ晴れ姿を見に来た、らしい。


その後、美味しい美味しい湯豆腐を奢って貰った俺ら姉弟は久しぶりに郷土を歩くことにした。父さんは疲れたみたいで帰ってしまったけど、姉ちゃんは遊び足りないらしく、たまには観光スポットに行ってみよう、なんて言い出した。お土産も買えるし、丁度いいか。キャピキャピして掴みどころの無い姉ちゃんだけど、案外俺が落ち込んでるのを励まそうとしてるのかもしれないな。


「マコってば相変わらず湿っぽい顔してるわね〜。折角の美少年が台無しだわー。

……まぁ、私みたいな美女が隣にいる時点でマコなんか霞むし、気にしナイナイ!」


「相ッ変わらず失礼やなアンタ」


前言撤回、此奴そんな深く考えてないわ。

姉ちゃん顔いいし、否定はしないけどさ。


***


「姉ちゃん、重いんやけど……」


「えー、もっと根性出さんかぁ。で?マコはお土産買わないの?てっか、マコももう成人すんでしょ〜?彼女のひとりやふたりいないの?」


ぎく、と固まる俺。そう、俺は恋愛経験なんてもの持ってないのだ。この顔ゆえにそこそこにモテて来た俺だが、好きな人が今の今まで出来たことすらなかった俺にとって、恋人がどうだとかデートがどうとかは面倒くさくて、告白されたことはあっても受けたことは無い。遊ぶのも男同士のが気を遣わなくていいから楽だし。つまり、彼女いない歴=年齢の恋愛疎男なのである。


半端な気持ちで応えるなんて失礼だから、それで正解なのだと思うが……。


それは姉ちゃんの、俺を揶揄ういいネタになっているのだ。ここは、好きな人が出来たことだけでも言っておくか?


「何よ、黙りこくって」


「好きな人は出来たんやけど……」


「えっ……。あ、あ、あのマコに、好きな人が……?待って、父さんに電話する。赤飯炊いて貰わなきゃ……」


「アンタほんっと失礼!」


言わないほうが良かった。けどまあ、これはこれで楽しいし、いっか……。

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