ジャックナイフ

 雨の日事件からさらに一週間が経ったが、藤花ちゃんにはあれ以来会えていなかった。テンションがだだ下がりなのは上手く隠せていないらしく、大学のサークルの友達に入れ替わり立ち替わり心配されてしまった。


 加山さんたちに聞いてみたところ、藤花ちゃんが店に来る頻度は2、3週間か月に一回程だと言う。良かった、俺の所為じゃなかった、なんて安堵しているのもバレバレで、大人ふたりにこれでもかと揶揄からかわれた。俺は案外、嘘が下手なのかもしれない。


 十二月に入り、周りのビルがイルミネーションやらなんやらとクリスマスの装いを始める時期になった。


 クリスマス……サンタさん……サンタコス……。


「誠ォ?藤花のミニスカサンタコスプレなんか想像してんじゃ無いだろうな?」


「ひゃい!?な、な、何言ってるんですか!確かにサンタコスまでは考えましたけど!いや、何でも無っ!何も考えてないです!」


「無理があんだろ」


「あらあら、マコちゃん可愛いわね〜、ウブだこと〜」


 マコちゃんやめてくださいっ、と照れ隠しに叫んで、トレーで頭を叩いた。俺のバカ、何正直に言ってんだよ……!と頭を抱える。


 カランッ


 丁度良くカフェのドアが開いてお客さんが入ってくる。助かった。オーダーを取りに行こうと立ち上がる。ニット帽を目深に被り、砂色のダッフルコートの下に白いニットと大人っぽい赤色のロングスカートを着た、背筋が綺麗に伸びた女性だった。細くて白い指の先だけが紅く染まっている。外は寒かったのだろう。


 お客さんはニット帽を脱ぐなり、


「マコちゃんじゃん。……久しぶり」


「うえっ?と……藤花ちゃん。ひ、久しぶり……。えっと、注文如何する?またキリマンジャロ?」


「アンタに把握されてるみたいでヤだから、ブレンドでお願い」


「……さいですか」


 この前、感情的になってしまったばっかりに顔を合わせるのが少し気まずい。だけど、折角また会えたのだ。俺は佐野さんにチーズケーキを作って貰って、チーズケーキ代をレジに入れてきた。


 出来立てのコーヒーとチーズケーキをトレーに乗せて運ぶ。


 今日も、頑張ってナンパするぞ。


「お待たせ、藤花ちゃん。チーズケーキ、苦手じゃない?」


「チーズケーキ?だいす……き、嫌いじゃないけど?また奢ってくれんの?」


 うん、と頷いて、コーヒーカップとチーズケーキの皿を彼女のテーブルに置く。一瞬大好きと聞こえた気がする。また貢ご奢ろう。


「外、寒かった?指先赤いけど。あ、あっためてあげようか?」


「寝言は寝て言ってくれる、オジサン。別に手袋無くしただけ。アンタに関係無いでしょ」


 彼女はチーズケーキを幸せそうにちびちび食べながら、また絵を描き始めた。何を描いてるんだろうか。スケッチブックを立てるように持って描いているから、此処からでは見えない。


「ねぇ、藤花ちゃん誕生日いつ?」


「5月のさんじゅうい……って何でアンタに教えなきゃいけない訳?バカ、チビ、害虫」


「あ、暴言吐くほど俺の誕生日知りたい?一月17だよ」


「アンタの頭お花畑なんじゃ無いの?」


「綺麗な花畑だろ?」


 ああ言えばこう言う俺に、藤花ちゃんは呆れるようにため息をついた。俺の言葉を女の子を誑かす網だとするなら、藤花ちゃんの言葉はジャックナイフだろう。だけど、藤花ちゃんに悪態をつかれても不思議と苛立たない。寧ろ、楽しいし、何だか気持ちよくなってくる。俺、そっちに目覚めちゃったのかな。


 っていうか、藤花ちゃんの誕生日、5月31日って言ったか?


 メモしておかなければ。


 出来ることなら、クリスマスも一緒に過ごせたら良いのに。


 さらに望むならミニスカサンタコス……いや、やっぱり何でもない。

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