花のような人

「何になさいますか?」


「キリマンジャロ……お願いします。ブラックで」


「あっはい……少々お待ち下さい」


 近くで見ると、彼女はさらに綺麗だった。ただ、ひとつだけ想像と違うのは、彼女が俺が思っていたよりもずっと若そうだということ。


 彼女の雰囲気は確かに落ち着いていて大人っぽいけれど、顔はあどけなさが残っていて、少女じみた可憐さがあった。


 ナンパが体に染みついた俺は、彼女に声を掛けたくてうずうずしたが、それと同時に、もし彼女に冷たい反応をされたらと思うと、言いようのない怖さがあった。


「佐野さん。ベリーのスフレ、作ってくれませんか?」


「あら、オーダー?それならもっと早く言ってよね」


「あぁ、違くて……。俺、あの子に奢りたいんです。喋って貰えなくてもいいから……」


「へえ?珍しく弱気ね〜」


 佐野さんはふわふわ笑いながらもスフレを準備してくれる。


 クリームとベリーソースがたっぷりとかけられたスフレケーキと淹れたてのブラックコーヒーをトレーに載せて運ぶ。


 なんだかドキドキしてきた……。


「お待たせしました。キリマンジャロのブラックです。……あの、」


「え?」


「甘いものとか……お好きですか?よければコレ、俺、奢りたいんです。ベリーのスフレなんですけど……」


 いつもの悪戯っ子みたいなキャラは何処に行ったのか、俺は丁寧に、遠回しに、恐る恐る彼女に言った。きりっとした涼しげな目が俺を映す。甘いものが苦手だったら……というのは杞憂だったようだ。彼女はスフレをちらと見た瞬間、分かりやすいほど目を輝かせた。


 少し顔を赤らめて、彼女はこくりと頷く。


「良かった……っ、あ、ご、ごゆっくりどうぞ!」


 逃げるようにその場を去った。


 カウンターに戻ると、加山さんがもの珍しげに此方を見てくる。


「誠、お前が美人にナンパ仕掛けないなんて珍しいな?体調でも悪いのか?なんなら今日は早く上がっても……」


如何どういう意味っすかぁ!」


 彼女の笑顔と照れたような顔があまりにも可愛かったのと、彼女と話すのが恥ずかしかったのと、加山さんの俺の扱いが失礼(多分自業自得)過ぎるので、照れ隠しに軽く大声を出してしまう。慌てて口を両手で塞ぐも加山さんと佐野さんは気付いてしまったらしい。俺が……俺が、彼女に一目惚れしたことに。


「誠ォ、お前藤花に惚れたのか?まぁ、藤花とうかは美人さんだからなァ」


「好きな子には奥手なんて、マコちゃん可愛いとこあるじゃないの〜」


「そんなんじゃないですっ。……っていうかあの子、トウカさんっていうんすか?」


 によによ笑うイケオジと色女の言葉を無理やり無視して、あの女の子のことに話題を変える。あの子の……トウカさんのことが知りたいし、これ以上俺の話をされたら、俺が爆発してしまう。


 あの子の名前は赤峰あかみね藤花とうかというらしい。彼女の父親と加山さんが中高で同級生だったから、加山さんは藤花さんと面識があるようだ。


 加山さんはそこまで話してから、ふと黙った。気になって顔を上げると、加山さんはただでさえ渋い顔を険しく歪めていた。


「だが誠……。藤花あの子は、やめておけ」


 彼の乾いた声が低く響いた。


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