第6話 嫌悪と嫉妬

「同じクラスの方だったんですね。わざわざ寒い中来ていただいて本当嬉しいです。そうだ、もしよろしければ多喜ちゃんの事色々教えて下さい。どんな子だったとかどんなお友達とどんなお話をしていたのかとか、よろしかったら帰りの車中ででも」


 槇子は勝手に惠美が自分の車に同乗するつもりで話を進めていて、これで更にまた惠美のイラつきが増す。


「別に乗るなんて言ってないんですけど」


「でも、もうバスの時間終わってると思いますよ? あ、それともタクシー呼ばれるんですか?」


「あっ」


 惠美はここのバス停で最終バスの時間を調べ忘れていた事を思い出した。気持ちが落ちていると何かにつけ色々とうまくいかない。


「ちょっと待ってて下さいね、私も拝ませて下さい。お供えもしますから」


 槇子は身を屈める片膝をつくと手早く薄桃色の山茶花さざんかを供え手を合わせ呟く。


「多喜ちゃん良かったね。お友達来てくれたのね」


 穏やかで優し気な表情。惠美の時とは大違いだ。惠美はそれに違和感を感じる。この人悲しくないのか…?と

 それとは別に、先ほどまでの心情とは裏腹に何故か惠美も一瞬だけだが手を合わせてしまった。槇子を見ていたら、自分のように泣き喚くのではなく手を合わせる方が正しい、と何とはなしにそんな気がしたのだ。


 しばし手を合わせたのち立ち上がった槇子はそっと墓石に手をやって撫でた。惠美は気が付かなかったのだが、その時槇子は墓石にいくつもの水滴を見つけた。

 学校を休んでまでわざわざバレンタインデーに墓参りに来るくらいだから、この二人は単なる友達ではなく、殊の外特別な繋がりがあったのだろうと槇子は想像した。この子が多喜の葬式にも参列していたのも槇子ははっきりと覚えている。恋人同士とはいかなくても特に親しい仲だったと親も認めていたのだろう。


 それに、惠美が供えていた花は白いカーネーション。花言葉は「私の愛は生きています」。一方で槇子自身が供えたピンクの山茶花さざんかの花言葉は「永遠の愛」。

 似た者同士、いや、この惠美さんはきっとまだ私以上に苦しい闇の中にいるのかも知れない、「愛が生きている」が故に。そう思うと槇子はやり切れなくて自分自身も胸が苦しくなって来るのだった。それは「永遠の愛」に縛られたが故の人知れぬ苦しみだった。その点で二人はやはり似た者同士だったのだ。そう思うとふっ、と槇子の心の糸も切れそうになる。


 惠美に背中を向け、少し涙を拭って灰色の冷たい空を見上げて深呼吸する。これで涙を引っ込め、くるりと偽の笑顔で惠美の方を向く。


「さ、もうお暇しましょ。またね多喜ちゃん。西塔さんもお待たせしてごめんなさい。」


 また「ちゃん」づけしている。これにいちいちイラついては本当に身が持たないのでこれについては惠美があきらめるよう努めるしかない。うちでも親戚は家族なら「ちゃん」付けはよくあることだし…… そう思い直すと惠美も少しは気が楽になる。


 案の定終バスは過ぎていて、槇子の白い大きめなセダンの助手席に乗せてもらうことになった。ゆったりして内装もちょっときれいな上等な車。惠実の家にある車よりずっと高級そうだ、と思うとまた少しイヤな気持が胸の奥底のしこりとなる。


 道中二人は多喜を中心に色々な話をした。惠美としてはあまり話したくはなかったのだが槇子が不思議とくだけた雰囲気をつくり自然と惠美も話しやすくなった。この日の惠美は多喜が亡くなってから一番会話をした。


 二人の共通項は多喜しかないので、いきおい二人は彼女の話をし続ける他なかった。

 槇子の知らない高校生活でのこと。惠美の知らない小学校時代のこと。

 一緒にテスト勉強したこと。宿題を教えてあげたこと。

 学校の図書館で自由研究用の資料の本を隣り合って座って読み漁ってたこと。公立図書館の児童ルームで絵本を読んであげたこと。

 夏休みに開放される高校のプールで1日中泳ぎ回った事。小学生の多喜と海へ行った事。

 二人で旅行に行った事。二人で旅行に行った事。

 友達の事。親戚の事。


 槇子としては、二人の仲がどれだけ深かったか窺い知ることが出たのが嬉しくもあり嫉妬もしてしまう。そこで多喜が中学生以前の話について少し大げさに話してしまったり、それに対抗心を燃やして惠美がまた多喜と関係についての話をするなどして、次第に自分はどれだけ多喜と仲が良かったのか自慢になりそうな気配になった。何より惠美は楽しそうでないどころか少々ムキになっているようだ。これはさすがに軌道修正しないといけない。空気の読めない槇子でもそれは分かった。


「やっぱり、お友達の中でも惠美さんが一番親しくして下さっていたんですよね」


「え、ええ、それはまあ…」


 今までの惠美から聞いた多喜との話の内容だと、一番仲がいいどころかもはやお惚気でだった。槇子としては少しぶっきらぼうそうだが素直でとてもいい子に見える惠美と付き合えた多喜は幸せで本当に良かっただろう。そう思うとなぜか自分も少し救われた気になる。

 しかし、今、この残された少女の心はどれだけ傷ついているのだろうか。苦しんでいるのだろうか。自分もまた同じように苦しんでいるだけに、その苦痛を癒してあげたいと思う。多喜を通して惠美と自分はどこか繋がってる似た者同士、もっと極端な言い方では仲間であり同志であるとさえ言える。


 しかし、だけど、惠美は持っているのだ。槇子が望んでやまなかったものを。今では決して手に入らないものを。

 それは惠美でなければ得られなかったであろう多喜と過ごした時間、多喜の記憶、多喜と共に分かち合った愛。

 それを思うと、「持たざる者」であるが故の苦しみや虚無感や喪失感を自分は乗り越えて行けるのだろうか。そう思うと寒々とした不安が心の奥で吹き抜けてゆくのを感じる槇子であった。苦しい。悲しい以上に惠実に対する嫉妬が湧き上がってくる。そんな自分が情けない。苦しさと悲しさが入り混じって、一瞬だがまた涙がにじむ。それでもそ知らぬふりをしてにこやかに会話を進める自分が嫌だ。


「うらやましいなあ、私は本当のところ多喜ちゃんとあまり接点がなかったから」


「そうだったんですか」


 惠美にしてみたらそうは聞こえない今までの話しぶりだったが。


「だから無理に理由をつけて会いに行ったりして… なんだかストーカーですよね、ふふ…」


 苦味の強い笑みを浮かべる槇子。


「それに比べて惠実さんが羨ましいです… 毎日一緒にいられたんですものね。」


 槇子は自分からそうだとは言ってはいないが、これはもしかすると多喜の事を好きだったんじゃないか。惠美には何となくそんな気がしてきた。この年上の女性も私と同じで苦しい思いをしているのか… いや、全然そんな風には見えないし、そんな風には聞こえない。あんなヘラヘラしちゃってさ。大人になると嘘を吐くのが上手くなるのか。惠美は槇子を少し嫌悪する。


【次回】 2月14日-7 願望という呪い

 4月26日 21:00 公開予定

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