第13話 湯けむりで聞き耳


 ほんの少し、ほんの少しだけ期待していました。

 まなか先輩と部長がコンビニに行くと言って、出雲さんがどうしようか迷いながら僕の顔をじっと見ていたにも関わらず着いていかなかったのには、やっぱり期待があったのだと思います。

 そんなゲームみたいなラッキーはないと思いつつも、体が勝手に……。

 そう、別に覗くつもりはまったくないのですが、どうしてもこういうところのお風呂はイベントが起きる気がしてしまうのです。


「いや、無いよね」


 露天風呂にやってきたものの、時間で男湯と女湯が入れ替わるシステムで女の子がいたということにはならなかった。当たり前だった。だってみんな同じ時間の合宿だし。

 普通に誰もいません。

 とりあえず浸かってみるが、女子たちが後から入ってくる気配もありません。そりゃそうだ。そんなこと普通は起きない。少年漫画雑誌のお色気枠じゃないからね。


「うーん」


 男湯と女湯を隔てる柵がばたーんと倒れたり、都合のいい穴が空いていることもない。出雲さんと一緒にお菓子を買ったりしたほうが良かったんじゃ……。


「ぽかーん」


 効果音を自分で発音してしまう気持ちだった。

 お風呂なのだからかぽーんという音がしそうだが、別にそんなこともない。男湯には僕しかいない。

 湯船に体を任せていると、なんか声が聞こえてきた。


「あああああああ……」


 ……ん?

 どこからか変な声が聞こえますよ。まるで莉美先生が恥ずかしさで悶えているような声だな。

 右の茂みの先から聞こえてくる気がする。


「うああああ……」


 間違いない。莉美先生の声だ。僕が先生の声を間違えるわけがない。

 茂みを凝視したらどうにか見えたりしないだろうか。

 ……うっすら柵が見えます。そりゃそうだ。男湯から女湯が見えたら駄目に決まっている。

 しかしここであっさり諦めるようなキャラだったらこんなところにいない。コンビニに行っている。

 見えないにしても、声は聞こえるのだからなんかこう、聞こえてくるかもしれないな。胸を揉み合う声とか。お約束だけど実際にそんなことあるのかしら?


「んっ、ふっ。ん、んっ」


 エッッ!? これはまさか……いやいやそんなわけない。そんなわけないけど、それかもしれない時点でブヒイイイイ!! エッッッッッッッですよエッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!

 まったく先生ったらとんでもないことを……


「んもー、忍輝くんったら」


 エッッ!? エエッッ!? 

 僕? 僕の名前でしたね、今?

 まままま、まさか、僕を、その、お、おかずになさっていた……!?

 うっそでしょおおおおおおおおおおお!?

 いやいや、そんなわけがない。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 先生が僕のことなんて思っているわけがない。


「告白するしかないかな……」


 ……告白されちゃうの? なんで? 僕が? 先生に?

 うーん、そっか、結婚しよう。断れないから。

 露天風呂でうっかりいたしてしまうくらい思われちゃったらもう駄目だ。


「あ、リミセンじゃん! やっほー」


 おっと、上ケ見先輩がやってきたようです。

 やばい! しちゃってるところを見ちゃったらヤバいですよ! あわわわ……


「上ケ見さんもお風呂? お買い物行かなかったの?」


 冷静です。良かったです。ちょっと早く来ちゃってたらスゴイことになってかもしれないですね。

 上ケ見先輩がお買い物行かなかったのは、先生には意外だったようです。そうですよね、いかにもコンビニに行きそうですもんね。

 でも本当はギャルじゃないからあんまり行かないんですよ。そういうところが好きです!

 それにしても上ケ見先輩と莉美先生という組み合わせ。非常に素晴らしいですね。

 いきなり先生の胸を鷲掴みにしても全然おかしくないですね。先輩、頑張れ! 頑張れ!


「ちょっと汗かいちゃったんでー、てかリミセンおっぱいおっきー」


 そういう実況してくれるところはもっと好きです!

 どのくらい大きいのですか!? 揉んでください! いえ、揉み合ってください!


「わー。きれー。てっぺんのとこ、ちょっと赤くなってるー」


 え!? ちょ!? なんですって!?

 それはもちろん莉美先生のバストのトップのことですよね?

 そんな詳細な情報をいただいてしまっていいんですか!

 ピンクどころかちょっと赤いんですね……しゅごい……。


「そうねー。よく見るときれいねー」


 自分で見てもきれいなんですね!?

 確かに僕も自分の体なんてそんなに見ないもんなあ。

 改めて自分のを見たら、意外にもきれいなんでしょうか。ふーむ。まぁ汚くはないですが……。男の乳首なんて見ても面白くないです。


「で、誰に告白するんですか」

「うえっ!?」

「すみません、聞こえちゃってました」


 おっとー! その話を続けてくれるとは思いませんでしたーっ!

 僕はこのまま聞き耳を立てていていいんでしょうか? いいんです!


「違うのよ、上ケ見さん。そういう意味じゃなくてね」

「あ、ひょっとして誰にも言えない相手だったりして。だから隠してるんじゃないんですかー」


 誰にも言えない相手か。女の人だったりして。それはそれでブッヒイイイイイイ!


「やっぱりあれだけ大好きアピールされちゃったら、教え子が相手でも……」


 きゃー!

 教え子なんですかー!?

 女教師と女生徒ですか。ムッハー。


「違うのよ? 本当に違うの」


 ふうむ。違うんですね。いや、ノーマルの先生で大丈夫です。好きです。

 やっぱり僕に告白してくれるんでしょうか。一生大事にするしかないな……。


「あはは。そうですよね、だってまだ誰が相手でも譲れないくらい誰かを好きになってないんですもんね」


 うんうん。あれね。あのセリフは可愛かったですよね。

 でも上ケ見先輩だけはなんか悩んでるような顔じゃなかったっけ?

 それって……ひょっとしてすでに誰が相手でも譲れないくらい好きな人がいるとか!? 羨ましいやつだぜチクショ―!


「あーしも、そんなふうに思われたらいーなー」


 なるほど!?

 思いたいじゃなくて、思われたいだった、マジで。ってことですね。

 僕は思ってますよ! 譲れないですよ! 仮に莉美先生の好きな相手が上ケ見先輩だとしても譲りませんとも。三人で仲良く暮らしましょう。


「あ、髪乾かすんで、先にあがりますねー」


 おっと上ケ見先輩はここで退場ですか。

 莉美先生は少しも上ケ見先輩の情報を教えてくれなかったですね。揉み合いっこもしないし。んもー。


 しかしこれから一緒に夕ご飯か……先生の胸を見すぎないように注意しないと……。

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