第12話 懊悩の露天風呂


「あああああああ……」


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 これだから恋愛研究部の顧問なんてやりたくなかったのよ。

 なにが、「誰が相手でも譲れないくらい誰かを好きになりたいかな」よ。我ながらヤバい。穴があったら入りたい。

 でも、あの子が……。

 あの子、善院凰忍輝ぜんいんおうおしてるという生徒。

 彼は初めて会話をしたときから、妙に存在感がある。

 ついさっきもそう。「こ、これが最後ってことで」とか言って、私がたっぷり時間を浪費してから部屋に戻ったのに、最後の最後まで追加の質問を入れようとしていた。

 私なんかへの質問を。

 いや、彼は恋愛研究部の活動に真面目なだけ。それだけに違いないの。

 そうも思うのだけれど……でも、でもね。


「うああああ……」


 またしても声にならない声が漏れる。

 なんというか……本当にこんなことを思うのもどうかと思うのだけれど、自分の事を好きなんじゃないか、と感じるんだよねえ……。

 だって、勘違いとはちょっと思いにくいくらいグイグイ来るんだよねえ……。

 最初に職員室に来たときは、考えすぎかなと思ったけど。

 それにしてもこう……感情の量が違うというか。

 彼の表情から、伝わってくる。オーラのように感じ取れる。

 とても純粋な、思いを。

 可愛らしい男の子なのに、いつも眉をひそめたり、睨んだり、険しい顔ばかりしているけれど、どう見ても怒ったりしているようには見えないのよね。

 図書室でのことを思い出す。


「え、まさか、私……?」

「そうです。ずっと言ってますけど」


 あのときは本当に恥ずかしかった。

 あんなの告白と同じだよ。

 上ケ見さんも「なにいきなり告ってんの?」って言ってたし、誰が見てもそうだったと思う。

 そこで慌てるでも取り繕うでもなく、ただじっと見ているっていうのがリアルと言うか……その後だって恥ずかしくて逃げ出した私を追いかけてきて何を言うのかと思えば。


「僕は見てました」

「僕は、先生を見てました」


 だもんなぁ~。

 ずるいよ。

 気になっちゃうよ。教え子だってわかってても。

 私だって、女の子なのだから。


「んっ、ふっ。ん、んっ」


 うわ、やば。

 つい、笑っちゃいそうになって口を抑えた。

 教え子を思い出してニヤけるなんて、我ながらキモすぎる。


「んもー、忍輝くんったら」


 責任とってほしい。いや、そういう意味じゃなく。そういう責任じゃなくて……うああ、何考えてるの私……。


 私、間田仁莉美まだひとりみはまだ誰とも付き合ったことがない。もともとずっと女子校だったので男性との免疫もあまりない。

 歴史、というか歴史上の人物は昔から好きだった。

 実は物語の中の登場人物も好きなのだけれど、それじゃあ漫画やアニメのキャラクターと同じだもの。

 歴史上の人物は実在していたわけだから、現実の人間。リアル。だからオーケー。という変な理屈で青春時代を過ごしてしまった。

 もちろんそれは勘違いなのだけれど、それを助長させたのが演劇だった。

 戦国武将の格好をした役者たちのミュージカル。高校のときにこれにドハマリ。大学では演劇部に入った。

 現実のような夢のような空間だった……そして、憧れの……憧れの沖田総司さまとキスしたの! 男装した女子のお芝居だけど! あのときは、ほんとどきどきした……。


 だから好きな男性とキスをしたともいえるけれど、実際には男性とはキスをしたことはない。実際には女子。しかもお芝居でのことだ。

 そんな学生時代を送ったからこそ、今になって焦っている。

 ずっと男と付き合うなんてとんでもない、と言っていた父がついにいい人いないのか、などと言うようになった。何を都合のいいことをと思わなくもないが、このままじゃ本当に……という焦りも出てくる。

 そんな私がまさかの恋愛研究部の顧問。

 歴史上の人物になら、何度も恋をした。それでごまかせるかと思ったらやっぱり駄目だった。


「告白するしかないかな……」


 もちろん、恋愛経験なんてまるでないということをだ。

 相手は高校生だから、学校の先生がまったく恋愛をしていないなんて夢にも思っていないが、現実はそんなこともない。20代前半の社会人で恋をしたことがない、誰とも付き合ったことがないという人はまぁまぁいると思う。

 そりゃ結婚した同級生だっていますけど……。だから正直焦っているんですけれど……。


「あ、リミセンじゃん! やっほー」


 わあ!

 気づいたら、すぐ後ろに上ケ見さんが来ていた。

 うっわ、肌キレイだわー。JK半端ないわー。水、はじきまくり。

 この若さには勝てない……なんてますます焦っちゃう。はあ。

 それにしても一番コンビニが似合いそうな彼女がどうしてここに。


「上ケ見さんもお風呂? お買い物行かなかったの?」

「ちょっと汗かいちゃったんでー、てかリミセンおっぱいおっきー」


 合宿場についてから、私への質問会という不思議な活動をしただけだから、汗をかくようなことはしてないと思うけど……。私のほうが汗かいたと思う。

 現在は夕飯直前の自由時間。みんなはコンビニに買い物に行こうか、などと話していた。私も本当は行きたかったのだけど、恥ずかしすぎて一緒には居られなかった。缶チューハイ欲しい。


「わー。きれー。てっぺんのとこ、ちょっと赤くなってるー」


 上ケ見さんが山の方を見て、感嘆の声を漏らすようにあげる。夕暮れていく山々を露天風呂から見るのは、ギャルから見てもきれいなものらしい。山頂に差し掛かった夕日が、なんとも美しい。


「そうねー。よく見るときれいねー」


 他愛もない会話をしていると、先程の悩みが雲散霧消してゆく。やっぱり恋愛なんかより、女の子同士でこうしている方が精神的にいいような気がするな。


「で、誰に告白するんですか」

「うえっ!?」

「すみません、聞こえちゃってました」


 てへっ、とあどけない表情を見せる彼女だが、冗談というわけでもなさそうだ。恋愛研究部なんて部活にいるんだ、そりゃ興味あるよね……。


「違うのよ、上ケ見さん。そういう意味じゃなくてね」

「あ、ひょっとして誰にも言えない相手だったりして。だから隠してるんじゃないんですかー」


 からかい半分だが、残りの半分は本気の感じ。

 っていうか誰にも言えない相手って……


「やっぱりあれだけ大好きアピールされちゃったら、教え子が相手でも……」


 きゃー!?

 それって絶対に忍輝くんのことじゃない!?

 やっぱり上ケ見さんから見ても、今回も私に大好きアピールしているみたいなの?

 やっぱり?

 やっぱりそうなの?

 それって……それって……!

 いやいやいや、喜んでる場合じゃないから!

 否定! 早く否定しないと!

 今、上ケ見さんは私が忍輝くんに告白すると勘違いしているのよ。それはまずいわ、いろいろと。


「違うのよ? 本当に違うの」


 必死だと逆に言葉は陳腐になるのかもしれない。他に言いようはないのかと、自分でも思う。

 だけど、上ケ見さんはひらひらと手を振りながらにこやかに笑った。


「あはは。そうですよね、だってまだ誰が相手でも譲れないくらい誰かを好きになってないんですもんね」


 うわー。

 思わず目を閉じる。

 恥ずかしすぎて、見ていられない。

 なんであんなこと言っちゃったんだろ。

 頭を抱えながら大後悔時代。なんて歴史教師ギャグをしている場合じゃないよね~。とほほ~。


「あーしも、そんなふうに思われたらいーなー」


 思われたら?

 思えたら、じゃなくて?

 質問したい気持ちもあったが、まだ精神が回復していないので、目を開けることができない。坂本龍馬の写真くらい目が開かない。

 でもひょっとして、上ケ見さんも忍輝くんに……!?


「あ、髪乾かすんで、先にあがりますねー」


 それだけ言い残してあっさりと入浴場から出ていった。助かった、のかな。

 ぱしゃぱしゃ、とお湯を顔に浴びせる。

 私もあがろう。

 それで、文芸部の顧問の先生と竜馬がゆくについて話したり、漫画部の顧問の先生とお~い!竜馬の話とかしよう……。

 

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