第4話 歴女の顧問をゲットだぜ

 卑弥呼ブッヒイイイイイイ!


 日本史における最萌キャラと言えばやはり卑弥呼であろう。だって巫女みたいな服なのに日の本を統治してるとかヤバいですよ。

 天気を読めたとか、未来が予知できたとかいろいろすごい能力があった説があるのも良い。

 転生したら卑弥呼でした、みたいなことだったのでは?

 そう考えるとなおさらブヒれますね。

 本当は現代の女子高生なんだよ……ブヒヒ。


 口調はどうだったんでしょうね。

 僕の予想では語尾が「のじゃ」じゃないかと思うんだよね。卑弥呼、のじゃロリ説。「燕が低く飛んだから明日は雨なのじゃ」とか言ってるんだよ。ブヒヒ。


「小野妹子は最初の遣隋使ではなく……」


 教師はもう遣隋使の話をしているが、僕の教科書はまだ卑弥呼のページだ。だって小野妹子って名前は女の子っぽいのに男とかいうふざけた存在ですよ。絶対に許さない。


善院凰ぜんいんおうくん?」


 名前の中に妹が入ってるのに妹じゃないところも許せない。妹っていうのはそれだけで可愛い存在なんだよ。僕には妹がいない。だからこそ憧れが……


善院凰ぜんいんおうくん!!」

「は、はいっ!?」


 気づいたら、日本史の教師である間田仁莉美まだひとりみ先生がすぐ側に立っていた。ヤバい。

 何がヤバいって、もちろんその怒った顔である。

 なんてこった、美人だとは思っていたが近くで見たら超キレイだよおおおおおお!! 怒った顔が美人すぎるうううううう!! ブッヒイイイイイイ!


「なっ、そんな怖い顔したって駄目ですよ?」


 なんかいい匂いがするううううう!! 大人の女の人やべえええええええ!!


「うう……なんでそんなに睨むのよう……私は悪くないのにぃ……」


 いや、悪い。そんなに美人でいい匂いがするのが悪い。

 フレームのない眼鏡が似合うのが悪い。タイトなミニスカートがぴちぴちなのが悪い。白いブラウスの奥に少しだけピンクが見えるのが悪い。清潔感のある長い髪を花柄のシュシュでくるんとしてるのが悪い。ナチュラルメイクがばっちり効いてて、女子高生とは違う色気を漂わせているのが悪い。

 こんなに魅力的な女性が側に居たら、僕はあまりの美味に顔をしかめざるを得ない。


「先生……」


 いい匂いですね……なんて言ったらセクハラで退学になるかもしれない……ぐぬぬ。女子高生に比べて色っぽいですね、げへへなどと言ったら……始まったばかりの高校生活はオシマイだ。ぐぬぬぬぬ……


「ひい」


 ますます睨むような顔つきになり、先生をビビらせてしまった。

 僕は童顔なのでしかめたところで怖くはないはずなのだが、この間田仁まだひと先生はちょっと臆病な女の人なのかもしれない。守ってあげたいですね。年上の大人の女性を守るとか、いいですね。萌えて燃える展開ですね。ブヒヒヒ!


「うう……コワイ……」


 しかしまいったな、脳内でブヒればブヒるほど、先生は困ったような表情になっていく……その仕草がまたなんともいじらしくてブヒってしまう……このままじゃエンドレスだ……永久機関だ……僕はいいけど。


「違う」

「えっ?」


 えっ?

 僕の前の席に座っている出雲さんが立ち上がっていた。授業中に声を発したのは初めてだ。


「えっと、出雲さん?」


 クラスメイトたちも少しざわついている。みんな出雲さんの声を聞くのは久しぶりだからだ。自己紹介で名前を言ったときだけ。僕は部活が一緒だから、きれいに澄んだ声だと知ってるけどみんなは知らないから内心ブヒッてるのかもね。


「彼」

善院凰ぜんいんおうくん?」

「そう」

「何が違うの?」

「怖くない」


 えっ、まさか僕をかばってくれている? 惚れてしまう! いや、とっくに惚れてました、メンゴメンゴ。


「あ、そう……そうだよね。生徒を怖がっちゃ駄目だよね」

「……」


 出雲さん、着席。後頭部もカワイイ。


「とはいえ、授業中上の空だったことを注意しないといけません。放課後職員室に来るように」

「はい」


 放課後にも先生に会えるとか最高かよ、ブッヒイイイイイイ!


「ひいっ」


 怖がりながら、黒板の前に戻っていった。ごめんなさい……。


「失礼します」


 放課後、職員室を訪ねる。

 間田仁まだひと先生は……すぐに見つかった。僕は視界に入っていても男はほとんど見えないので、美人を見つけるのは得意だ。


「先……」


 先生の机に近づくと、そこは歴史グッズで埋め尽くされていた。椅子のクッションは戦国武将の家紋柄だし、マウスパッドは新選組だし、マグカップは有名な日本刀がいっぱい書いてあるし、スマホカバーは印籠のように徳川の家紋が入っている。

 これは紛れもなく歴女! 歴女過ぎて日本史の先生になった女教師! これはブッヒイイイイイイ! 


「ああ、来ましたね、善院凰ぜんいんおうくん……ってまた睨んでる……」


 キャスター付きの椅子が遠のく。くっ、好きになればなるほど遠のいていく。これがハリネズミのジレンマなのでしょうか。


「んもう……それで? なんでぼーっとしてたの?」

「そうですね、好きすぎて……ですかね」

「えっ? 日本史が?」


 日本史が。まぁそうかな。卑弥呼以外にも魅力的な女性はいるよね。北条政子とかヤバい。なにせ悪役令嬢。彼女も転生している可能性、あると思います。


「そうですね。それもですけど」


 世界史も悪くないよ。ジャンヌ・ダルクとか。マリー・アントワネットとか。最後が悲劇なところがまた、ブヒれますよね。


「それもですけど……? って、まさか、えっ? えっ? 駄目よ?」


 何が……?


「そういえば、上の空だったときは、なんだか誰かを思ってるような、まるで恋してるような顔だったけど……」

「あ、そう。そうなんです。実は」


 卑弥呼ちゃんに萌え萌えすぎて上の空だったのです。わかっちゃうかー。さっすが大人だ。


「じゃあ、顔をしかめたり、怒ったような顔をしたのは、気持ちの裏返しってこと……?」


 気持ちの裏返し。これはいい言葉ですね。

 僕の表情がちぐはぐになってることを、これほど優しく言い表す言葉があったでしょうか。

 思わず、うんうんと頷く。


「あー。そっかー。うん、いや嬉しいのよ。先生、嬉しい。でもね?」


 なぜか、しどろもどろになる間田仁まだひと先生。顔が赤いですよ。

 自分が歴女だから、同士を見つけたようで嬉し恥ずかしなのかな? 女の子が好きなだけで別に歴史が好きなわけじゃないのだが、ここは話を合わせておくか。


「先生、好きなものは好きなんです。しょうがないと思うんですよ」

「えっ……そ、そんなストレートに……」

「好きになってしまったら、もう嫌いにはなれない。そうじゃないですか」

「うう……こ、こんなの初めて……」


 両手で顔を覆って、下を向いてしまった。

 歴女がそんなに恥ずかしいのかな? だったら少しは隠した方がいいのでは……?

 もはや会話にならないので、どうしようかと思って周りを見渡すと、時計が目に入る。やばい、もう部活が始まってる。


「あの、部活に行きたいんですけど」

「へっ? 部活?」

「はい、あの、恋愛研究部なんですが……」

「恋愛を研究……!? そこまでして……」


 なにか言ってるけど、もう時間なので。

 間田仁まだひと先生のことも好きだけど、部活には三人もの美少女がいるのだ。僕が居ないことを心配しちゃったりしたらどうする。やだそれ超カワイイ。ブヒヒヒ……。

 部室で待つ美少女三人を妄想しながら、廊下を急いだ。


「遅れました」

「お、待ってたぞ」


 男に待たれても嬉しくないんですよ部長。


「おそいし~。オシテルさ、遅刻して注目浴びようとか思ってっしょ~?」


 にひひと笑ってみせるギャル先輩。遅刻した僕をからかってくれるとかありがたすぎて靴を舐めたいです。ブヒッ。


忍輝おしてるにも聞いておきたい」


 イケメンの先輩だからって僕を呼び捨てにするとは。呼び捨てにしていいのは上ケ見先輩だけでしょう?


「恋愛研究部は部活に昇格したので、顧問の先生が必要になったんだ。誰かなってくれそうな心当たりないか?」


 顧問の先生か……心当たりも何も、今のところ一人しか教師の顔と名前を知らない。まだ他には男しか見てないからね……。


「う~ん、間田仁まだひと先生に頼んでみましょうか」

「おっ、さすが忍輝おしてるだ。頼んでいいか」


 いいけど呼び捨てにするなよ。上ケ見先輩にしか許可してないっつの。


忍輝おしてる


 ええーっ!? 出雲さんが俺を呼び捨てに!? ブ、ブヒイイ!! 嘘でしょ!? 名字じゃなくて、名前で!? ありがたすぎて出雲さんが座った椅子を舐めたい。


「……」


 じっと僕を見ている。さっき授業で叱られているから心配してくれているのかもしれない。嬉しすぎる。人生を捧げたい。


「行く」


 すっと立ち上がった。ついて来てくれるっぽい。優しい。結婚して欲しい。でも、別に心配されることもない。


「大丈夫だよ?」

「……そう」


 ちょっと寂しそうにして、座った。そういう表情もたまんない。あー、カワイイ。モチベーションが上がるよ。


「頼んだぞ」


 男に頼まれてもなぁ……モチベーションが下がるよ。


「頼むね~!」


 まなか先輩! おまかせくださいませ!! 必ずや顧問の先生を連れてまいります! 例えそれが、命をかけた戦いであっても!!

 全力で敬礼をしてから部室を退室! 行ってまいります!


「失礼します」


 職員室に返り咲き。まだ五分十分しか経ってません。


間田仁まだひと先生」

「ふえっ!? また来ちゃったの!?」

「あの、大事なお話があって。ついて来てもらえませんか」

「あー。わかりました。先生、わかりました。もう覚悟は出来ています。よろしくね、善院凰ぜんいんおうくん」


 話が早くて助かった。

 部室に連れて行くと、しばらく困惑した後、部長に正式なお願いをされて承諾。しかし、なぜか頬をぷっくーと膨らませていた。

 ……なんでかわからないが可愛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る