第3話 吊り橋効果はどういう効果
「それでは、部活動を始めよう。今日は……研究だな。何か題材はあるかな」
恋愛研究部だけあって、恋愛の研究をするらしい。とりあえずよくわからないので、黙って聞いていよう。
「はいっ、はいっ」
5人しかいない部室で、他に誰も手を挙げていないのに、精一杯な
「一応聞こう、まなか」
「んとね、下の毛について」
は?
「ヘアヌードっていうものがあるということは、男の人は毛を見たいってことだと思うんだけど、でも今、脱毛ブームじゃない? だから有ったほうがいいのか、無いほうがいいのかわからなくて」
部長は慣れているのか「またか……」みたいなことを言いながら頭を抱えている。上ケ見先輩は目を
「伸ばした方がいいのか、剃ったほうがいいのか……ヅモちゃんはどう思う?」
出雲さんを見ながら問いかけた。出雲だからヅモちゃんらしい。あだ名を勝手につけるタイプですね。僕のあだ名も楽しみです。
「ない」
「え? なにが?」
「毛」
「え、まだ生えてないの!? つるつる?」
「そう」
……そうか……出雲さんは、生えてないのか……似合うなぁ……それにしても下ネタが好きだからかこの抵抗のなさ……控えめに言って最高。
「テルくんは?」
「へっ?」
「テルくんは?」
どうやらテルくんは僕のことらしい。
「僕は……」
「待て待て、まなか。何度も言うが、それは恋愛と関係ない」
「ええ~?」
部長が
「アンダーヘアのありなしで人は恋をしない。わかるな?」
「確かに……あんまり見えないもんね」
あんまりってことはたまに見えるんですかね……ごくり……。
「俺たちが研究するのは、恋愛だ。人が恋に落ちるとはどういうことか。それを知るための部活だ」
そうだったんですね……
「じゃ、
「あーし? あーしは~?」
さっきまで恥ずかしさでうつむいていたことをなかったように一生懸命取り繕う上ケ見パイセン、かわえええええ~。ブッヒッヒーのヒー。
「吊り橋効果? が本当か知りたい? みたいな~」
ギャルから心理学の言葉が出てきたぞ! 本当は真面目で賢いギャルの先輩。僕は好きです。ブヒヒ。
「そうか。部費が出たからそれも出来るな……」
ブヒ? ブヒ……あ、部費か。部になったから部費が出たんだな。部長は真剣な顔で腕を組んだ。
「吊り橋効果……確かに、それで恋に落ちることもあると聞く。試してみるか」
え?
――その週の土曜。
あ、あ、あ……
恐怖。
怖い……ひたすらに怖い……
電車で二時間。バスで四〇分。乗り継ぎ乗り継ぎ、やってきたのは本当の吊り橋だ。周りは全部、山! 下に見えるは細い川! 足元は頼りなすぎる木製の橋! 聞こえるのは風の音だけ!
恐怖で声も出ません……
「……」
出雲さんはいつもどおりに声が出ません。いつもどおりの表情だから怖いのかどうかもわかりません。この状況でも、堂々とした佇まいでぼーっと山を見ている彼女は魅力的ですが、僕は怖くてブヒれません。今の所、吊り橋効果は恐怖で女の子の可愛さがわからない効果です。
「いい景色だなー」
部長が橋の真ん中で両手を上げている。こんなエスカレーターくらいの横幅しかないところでよくあんなに出来るなあ。風が吹くたびに揺れるのに。
青々とした山々の中心で深呼吸をして、とても気持ちよさそうだ。さすがイケメン、怖くないんですね。僕はそこまで行ける気がしません。生まれたての子鹿みたいになっております。
「ぶ、ぶちょー、ぜ、全然ドキドキしてないんだけどー? い、意味なくねー?」
上ケ見先輩は半泣きで強がっている。カワイイ……カワイイけど怖い……。怖すぎてろくに目が開けられない……よく見えない……全然ブヒれない……。半泣きギャル見たいのに……。
「よくわかんないねー。もっと揺らしたほうが効果でるかなー」
ゆ、揺らさないで!
「なんか楽しいな? みんな楽しい、吊り橋効果。はっはっは」
違うよ!? そんな効果じゃないよ? 駄目だこの人達、恋愛がわかんないんじゃなくて普通の感覚がわかってないよ。
「あ、あ、あ、あげぽよ~」
無理しなくていいよ!? いや、無理してあげぽよの上ケ見先輩いいな……。凄くいい……。声だけでブヒれますよ……でも、やっぱり怖いです……。
一歳未満の赤ちゃんみたいに、よちよち歩きで少しずつ進むことしか出来ないです……。
「……」
出雲さんが無言でずっと僕のそばにいてくれるの可愛すぎるんですけど~!? なんか本当にいつもどおり無表情で堂々と立ってて最高。大好き。ただ、これは決して吊り橋効果じゃないと思います。お化け屋敷における女子の気持ちです。
「どうだ、まなか」
「うーん。さっぱり」
「やっぱりそうか。ま、俺と一緒に居てもわからないだろう。
えっ。
「ん~、でも~、ヅモちゃんとラブラブなところ邪魔しちゃ悪いし」
「なにっ!? いつの間に!? もうラブラブな関係に!?」
な、なんか俺たちをラブラブだと思ってるみたいだぞ。そう言われても……?
「……」
やっぱりノーリアクションですよね~! 出雲さんはぶれないなぁ。好きです。
出雲さんは、とことこと歩き出して
「やっほー! 来たよー!」
わー! 手を振りながらやってくる
「ねーねー? どう? わたしのこと好きになっちゃった? なーんてー。あっははー」
好きです……「わたしのこと好きになっちゃった?」とか聞いてくる先輩、めっちゃ好きです……でもごめんなさい、声が出ません。怖いんです。
「あ、あーしはー? あーしはどう~?」
必死で自分のことを好きになったか聞いてくる偽ギャルなんて好きに決まってる。KAWA……KAWA……KOWAIIII!!! 怖いんです! もう戻りたい!
「怖がってる」
!? 声の出ない僕の代わりに無口な出雲さんが代弁してくれた……!? キュン……これが、恋に落ちる音かしら……。ヒュン……これは玉袋が引っ込む音かしら……もう限界です。
出雲さんはスタスタと僕のところまで戻ってくる。学校の廊下を歩くときとまったく同じ歩き方。
「戻る」
出雲さんは、僕の手を取って橋を戻ってくれた。小さくて柔らかい手なのに、とても頼もしい……子供の頃、手を引いてくれた母親を思い出す。これがバブみ……?
恐怖が和らぐ。お礼を言うくらいはできそうだ。
「あ、ありがとう」
「……」(こくり)
少し頷くだけの出雲さん……こんな状況でも可愛すぎて悶そうです。
一分ほど手をつないだままゆっくり歩いて、吊り橋の手前まで戻ってくると僕は地面にへたり込んだ。やっぱり人は土の上から離れて生きていけないんだ……しっかりした足元最高。地球を愛しています。
「怖かったの~? だいじょぶ~?」
みんなも戻ってきた。心配してくれている
「うーん。みんなで景色のいいところに来るのはいいなー」
それはピクニックですね。橋は不要です。
「どうだ、何かわかったか上ケ見」
「んー。オシテルがビビってて可愛かったかもー?」
「だそうだ、よかったな!」
……よかった! 顎をさすりながら斜め上を向いている上ケ見先輩、さっきまでの恐怖が全部吹っ飛ぶくらいカワイイ! ついさっきまで自分も半泣きになるくらい怖かったのにそれを棚に上げて、ギャルらしく全然可愛くない僕を可愛いかもとか言っちゃう上ケ見先輩最高ぅううううう!
「うわ、まだ怖いのかな。すっごい顔」
これは怖いからじゃないです。脳内でブヒりすぎて、顔が苦み走っているだけです……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます