14.戦中~現在 維持される高校の文理選択
前回は旧制高校の文科・理科という現在の文理区分の原型まで到達しました。長かった文系理系の歴史もいよいよ最終回です。
学問を二分する考えが様々に生まれましたが、統一した見解は未だないというのは学問史を見てきた通りです。しかし、「国社」「理数」と簡単に二分できるような印象が広がっている、これには「教科」という学習内容を大きくまとめた区分の登場が寄与しています。
1.大きな「教科」と小さな「科目」という構成 ―1941年国民学校令―
日中戦争下の1941年(昭和16)、義務教育制度は大きく変化します。国民学校令により、義務教育は国民学校の初等科6年と高等科2年となりました。
戦後、47年の学校教育法をもって廃止となるので、実施された期間はわずかです。しかし「教科」という枠組みで教育内容をまとめ、下位項目に「科目」を置いた点は後に引き継がれます。
初等科は国民科、理数科、体錬科、芸能科の4教科で、それぞれ以下の科目から構成されます。高等科は4教科に加えて実業科、必要に応じて外国語を置くことができるとしました。
国民科:修身・国語・国史・地理
理数科:算数・理科
体錬科:体操・武道
芸能科:音楽・習字・図画・工作・裁縫(女子)
実業科:農業・工業・商業・水産から1つ
全ての教科が国民錬成を目的とし、国民科は皇国の使命に対する自覚、理数科は国運の進展に貢献する理知的能力、体錬科は献身奉公の実践力、芸能科は国民生活を充実する力、実業科は職業報国の実践力を育成することが目標とされました。
国語と歴史地理という「文系」科目が、人格形成を主眼に括られていますね。理想とする方向性は時代や社会で変わるにしても、「文系」が「教養」という言葉と結びつきやすいのを改めて感じます。
2.国数英理社の成立、高校進学率の増加、維持される文理選択
戦後、47年の学校教育法をもって義務教育は現在と同じ小学校6年・中学校3年の形になります。そして、学校教育法施行規則において、小学校の教科は国語・社会・算数・理科・音楽・図画工作・家庭・体育の8教科で構成されることとなります。
「社会」という括り方はここで登場します。現在も定着している「社会」という括りですが、他の教科と比べると不安定な位置づけにあります。例えば、89年より高校での教科は「地理歴史科」と「公民科」に分かれ、法律上高校では社会科はなくなっています。(実質は中学校までの捉え方でまとめて「社会」と認識しますが。なお、2022年からの「現代社会」→「公共」は公民科の中の科目の変化です。)
「社会」に括られる学習内容をどう扱うかは世界でも対応がまちまちですが、数学や理科に比べて枠組みが不安定という傾向は見られます。すると共通テストで使いづらくなり、どうしても他教科に比べて軽視されやすくなります。
その点、日本の「文理」という二分法は、理数に対を成すものとしての「社会」という枠組みの地位を守っているとも言えますが、「社会」という枠組みに有象無象を押し込んでしまっているとも言えるのかもしれません。「文系」の中に国語と社会、「理系」の中に数学と理科という区分はこの上なくシンプルですからね…。
教科という区分が学習内容の分け方として浸透していくわけですが、文系理系という区分を強く意識するのは前回述べた通り大学入試準備段階の高校です。
旧制高校の文科・理科という規定は廃止されましたが、高校普通科においては文系か理系か選択をすることが通例になっていきます。高校へ進学する人は、1950年(昭和25)には4割だったのが、74年(昭和49)には9割に達します。多くの人が文理区分を経験することにより、文系理系という分け方は人々に浸透していきます。
新制高校普通科成立にあたって、旧制高校のような文理選択は望ましくないものと考えられました。しかし、56年(昭和31)学習指導要領改訂に伴い普通科内にコースを設けることが認められる頃には、その実施を待たずして文科・理科というようなコース制を約半数の高校普通科で導入していたそうです。
大学入試のためには文理分けした方が都合のいいままだったのでしょう。旧制高校制度とは選ばなかった側の内容も最低限の必修科目がある点で異なりますが、文理分 けの基本は維持されたと言えます。
結局、特色あるコースを設けない普通科のほとんどが文理分けを実施するようになります。その後、高校は普通科の拡大と職業科の減少もあり、現在高校生全体の3分の2は文理選択を実施します(後藤2013)。
1918年から高校での文理選択が生じておよそ100年、「文理」という考え方はしっかり世に広まりました。いくら文系理系という二分法の弊害が指摘されても、高校普通科であれば文理選択を行うという慣習がある限り、分断は維持され続けるかもしれません。
3.全体まとめ 文理区分を捉える4つの軸
さて、ここまで文系理系の歴史を見てきました。まとめとして、学問を二分する「文理」のような考え方として歴史上展開されてきた主な「分け目」を4つ整理してみました。
一つ目が「教養か、実学か」。2つは必ず対立するわけではありませんが、古代ギリシャから実学は教養から外されることが多かったです。大学も工学部は長く生まれませんでした。
二つ目が「人間を扱うか、自然を扱うか」。道徳哲学と自然哲学の対立というのもありました。人文社会科学と自然科学という区分は主にこの軸です。「自然の秘密などを知ったとしても、きみたち自身について無知だとすれば、それが何になろう」(ペトラルカ)という言葉は象徴的です。
三つ目が「科学か否か」。特に二つ目の「人間の学」をどう扱うかにおいて、scienceの地位が向上して学問=scienceとなる中で、人文学と呼ぶか・人文科学と呼ぶかも見解が分かれてきました。スノーの「二つの文化」論は、文学的知識人(literary intellectuals)と科学者(scientists)の対立でしたね。
四つ目が文系理系という「教育制度・進路上の区分」。文系理系は日本独自のものですが、世界史上も教育制度や官僚登用制度が学問に大きく影響してきました。大学というのも昔から純粋な研究機関というより、その時勢の国策で色んな役割が期待されてきました。
どの軸を重視するかは文脈や人次第です。ただ、いずれの点にしても、文理どちらか曖昧なものは存在します。一見明確に見える進路上の区分であっても、どちらにも当てはまるか難しいものはあります。また、学問の世界では総合的・学際的な動きが広まっているということも述べた通りです。
4.おわりに 完走した感想
実は以前、「文系理系」という区分に囚われるなという趣旨の文章を作りました。しかし、あまりの稚拙さゆえ封印となりました。
そこで“文系理系という区分は絶対ではない”一方で“確かに使われている”という点に着目すべきだと考え、その歴史を追うことにし、本シリーズ「文系とは何か」の制作が始まりました。
その頃、主要参考文献の『文系と理系はなぜ分かれたのか』が発売されました。大いに参考にさせて頂きましたが、当該文献にも書かれている通りタイトルの直接的な回答が書かれているわけではありません。私の前提知識不足で補わないと理解できない点が沢山あったり、疑問が逆に膨らむ点があったりと、結局他多数の文献に当たることとなりました。1年4カ月かけて、ようやく(筆者なりに)文理区分の歴史の全体像が少し見えた気がします。
学問を中心として世界史・日本史を見ていく中で無味乾燥だった歴史知識が意味を持ったことも多かったです。学問史、ひいては文系理系の歴史は、歴史学習の1つの軸としてアリなんじゃないかと思いました。
不足している点や間違っている点もあると思うので、気づきあればぜひご指摘いただけると嬉しいです。
最後に、文系理系という型に自分をはめ込んで他方を自分と関係ない世界と見なすような意識的断絶が、少しでも減っていくことを願い、締めさせていただきます。
【参考文献】
◆山田真子「国民学校令の理数科理科の理論に関する研究:教科横断的な教育の視点から」『日本科学教育学会研究会研究報告』32(2)、p.37-40、2017年
◆谷本美彦「一般社会科の成立から公民科への回帰の軌跡 ―目標の内実と学習方法原理の変遷を中心に―」『社会科研究』48、p.31-40、1998年
◆矢野裕俊「高校における科目選択制」『人文研究 大阪市立大学文学部紀要』42(1)、p19-36、1990年
◆後藤顕一『中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究 最終報告書』国立教育政策研究所、2013年
◆河野銀子「女子高校生の『文』『理』選択の実態と課題」『科学技術社会論研究』7、p.21-33、2009年
◆e-Stat学校基本調査年次統計
◆文部省『学制百年史』帝国地方行政学会、1981年
◆東京学芸大学教育実践研究支援センター『教育課程の構造の歴史 小学校1886~2017年』2016年
◆隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』星海社、2018年
文系とは何か:学問史で見る文系理系概念 がくまるい @gakumaru
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