第9話 香る紫の花②
「ご飯できたよ」
リビングに居るライ姉と
今日は
二階にある唐子と杏の部屋の扉をノックする。
「ご飯できたよ」
「………………………………」
返事はない。
「ご飯できたよ。今日は
「………………………………」
またしても返事はない。
その後、二、三回声を掛けたが、唐子の声は聞こえなかった。
「冷めちゃうよ~。
一階に戻ると、ライ姉と杏はもう席について待っていた。
杏は心配そうな目でこちらを見ていた。杏に向かって首を小さく横に振ると、杏は申し訳なさそうに頭を下げた。
と思ったら。
「わ、私が、呼んで……きますっ!」
そう言って二階へパタパタと駆けて行った。
「え~、どこ行っちゃうの杏ちゃ~ん」
早くご飯が食べたいのだろう。ライ姉は悲しげな声を上げた。
「まあまあ、杏が戻ってくるまでもう少し待とっ?」
きっと、杏も杏なりに私たちと仲良くしようと思っているのだ。事情を知らないライ姉はなんで杏が駆けていったのか意味不明だっただろうけど、今はご飯をジーッと見つめて待っている。
そのうちよだれが垂れてきそうだ……。
数分後。肩を落とした杏が返ってきた。いつにも増して体が縮こまっている。
様子から察するに唐子を呼び出すことに失敗したのだろう。
「……ご、ごめんなさい……」
「気にすることないよ。これからこれから」
杏のか細い謝罪に努めて明るく返事をする。それでも杏はペコペコ頭を垂れている。
そんなに気にすることじゃないのにな。
隣にいるライ姉は何のことかと私と杏を見て視線を彷徨わせている。が、その視線は無視して手を合わせる。
「いただきます」
「いただきま~す」
「いただ、きます……」
強引に号令をかけると、それに合わせて二人も声を出した。その途端、ライ姉は今の話はもう忘れてしまったかのようにご飯にがっついた。
「そういえば、今日はまっきー来てないね」
食事の途中、ライ姉が思い出したように言った。
「試合で疲れて寝てるんじゃない?」
「ほっか~」
ライ姉はもぐもぐしながら返事をしてくる。たぶんライ姉にとっては牧は、居ても居なくても変わらない存在なのだろう。
「お、お疲れ、なんです、ね……」
珍しく杏が会話に入ってきた。普段、杏はあまり会話に入ってこない。それは食事中に限らず。
そんな杏が会話に入ってきたのは仲良くしようとしているためなのか、それともお願いをした昨日の今日で牧が突然来なかったからなのか。
……どっちも、かな。
「めっちゃ走ってたからね。対戦相手もなかなかだったし。疲れたんだよ」
何でもないことのように言ってみる。
「……そうなんですか」
杏は訝しげにこちらを見たがそれも一瞬で、またご飯を食べ始めた。
……おそらく杏にごまかしは通じていない。そんなはずはないと思っているだろう。
走ってたのも、対戦相手が手強かったのも確かだけど、疲れたくらいで牧がここに来ないことはない。
約三週間、牧は毎日欠かさず家に来ていた。その期間にはもちろん練習試合の日だってあった。疲れている中でもお父さんとの約束を守っていた。
――真面目だから。
あの性格で寝るなんてもっての
「……なあ。こんな俺が杏のお願いを叶えてやれると思うか?」
牧が発した言葉が脳内に響く。
きっと、自分で自分を責めまくって、光の差さない深い谷の底に落ちてしまったのだ。
試合後の帰り道。牧の顔は今までで一番暗かった。励ましてみたものの、あまり効果があったとは思えない。
試合後に牧が向けられていた視線は
周りに頼る人がいない。それは牧自身が作り上げた環境なのだから自業自得なのかもしれない。
だからって、見捨てるわけにもいかない。
今日初めてお父さんが言っていたことがわかった気がする。
――牧が明るくなれるように私が頑張ろう。
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