第4話 始まりの朝②

 久々の学校……という訳ではない。春休み中も部活はあったので、見慣れすぎている。

 けれど、いつもとは違い昇降口の前は生徒であふれかえっていた。皆、教師から配られる新クラスの名簿表を見ながら一喜一憂いっきいちゆうしている。


 その中に香花きょうかにそっくりな顔を見つけた。

 薄紫のショートカットにヘアピンが一つ。この双子の見分け方はヘアピンの数だ。いつも姉妹で同じヘアピンをつけている。姉の蕾來らいらはヘアピンが一つ。妹の香花はヘアピンが二つ。

 逆に言えばそれでしか見分けられない……ということもないのだが……。もし、ヘアピンの数を入れ替えられたらわからない。

 最終手段として上半身の凹凸で判断するというのもあるが、できればやりたくない。そんなにジロジロ見れるものでもないし……。普通にはずい……。


「あっ! おはよ~まっきー!」

「おはよ」


 こっちに気が付いた蕾來が手を振ってきた。相変わらずテンションが高い。


きょうちゃんと一緒に来たんだ~」

「ああ」

「そうなんだよ~。朝、家の前で会ったんだっ」


 そう言うと香花は蕾來のほうへトコトコと近づいて行った。


「お洗濯とかやってくれてありがとね~」

「いいよ。ライ姉は家事出来ないんだから」

「あはは~」


 テレテレと頭を擦りながら蕾來は苦笑いする。

 どっちが姉なんだか。いや、双子だからあんまり変わらないのか。などとどうでもいい事を考えつつ、俺は教師からプリントを受け取り、二人の後ろをくっついていく。


「今年は同じクラスだね、牧」


 クラスを確認した香花が振り返りこちらを見てきた。

 俺もプリントに目を落とし確認する。二年一組のらんに二人の名前が確かに名前があった。


「そうだな」

「よろしくね」

「ああ」

「いいな~。私は五組だよぉ。やっぱ頭いい人は違うな~」


 真偽のほどはわからないが、二年のクラス分けには学力が関わっているらしい。一組から五組のうち、二組と三組は理系。四組と五組は文系。そして、一組は理系と文系の中の学力上位の生徒が集められるらしい。

 もちろん、クラス分けの方法について教師陣は明言していない。クラス分けの傾向から見て生徒たちが噂しているだけだ。

 ただ、その噂からいけば香花は勉強ができるのかもしれない。


「まあまあ、ちょっと教室離れてるだけじゃん」


 香花は蕾來をなだめながら教室へ向かって行く。


 途中で蕾來と別れて、俺と香花は一組の教室を目指した。

 教室の中は新学期初日特有の空気が流れていた。緊張感をまとって座っている者、顔見知りとコソコソ話している者、空気など関係なしにワチャワチャ騒いでいる者、顔を伏せている者……。

 そんな教室に俺たちが入ると、視線が一斉に集まった。居心地の悪さを感じつつ、席を確認して座る。ちょうど窓際の一番後ろという最高の席だった。


 先生が来るまでもう少し時間があるだろ……。

 香花とも席は離れていたし、もともと仲のいい友達もあまりいない。話すこともないしな。

 ポカポカとした春の陽気を背に受けながら、机に伏せて目を瞑る。

 温かい。心が休まる。下のほうから聞こえてくる生徒たちの喧騒に混じって、鳥のさえずりも聞こえる。

 ……きっと、学生でいる間だけでしか感じられない空気なのだろうと思う。




 ――ガラララッ


 勢いよく開かれた扉の音を皮切りに、教室内は静かになり始める。

 そして先生が教壇に立ったところで、それは完全な静寂に包まれた。聞こえてくるのは木の上でさえずっている鳥の声だけ。


「……おはよう」


 教室全体を見回した先生は、ゆっくりとした挨拶をした。その挨拶に何人かの生徒が挨拶を返した。

 男のおじいさん先生だ。去年、この人の授業を受けたことがないからどんな人かはわからない。見た目は優しそうだが……。

 先生はゆったりとした声で、今日の予定やら何やら話した。


 先生の話でSHRは終わり、一時間目は自己紹介をした。

 このクラスにはサッカー部で見知った顔が数人いた。もちろんほぼ話したことはない……。

 その他には……あんずがいた。クラス表をマジマジと見たわけではないので、自己紹介をするまで気が付かなかった。


 おそらく、学年が一つ上がったところで俺の学校生活は特に変わらないだろう。基本的には一人で寡黙に過ごし、必要とあらばコミュニケーションを取る。部活は一生懸命に、勉強もおこたらず。そういう風に過ごしていく。


 窓の外を見れば、桜の木がさゆさゆと揺れて桃色の花びらをまき散らしていた。

 

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