第3話 始まりの朝①

 始業式の朝。家を出ると、ちょうど向かいの家から香花きょうかが出てきた。一瞬目が合ったが、別段一緒に登校する理由もなかったのでそのまま軽い会釈えしゃくだけをして駅のほうへと歩き始める。

 すると、後ろからパタパタと足音が近づいてきた。


「なんで置いてくし」


 そう言う香花は少し不貞腐ふてくされたような表情をしていて可愛かった。


「いや、別々でいいかと思って」

「冷たっ! 毎日毎日私の家に上がり込んでるのに! あんなことやこんなことまでされたのに!」


 ……俺が一体どんなことをしたっていうんだ。確かに一週間ほど毎日家に行っているのは事実だが。ただ携帯いじったり、夕飯食ってるだけだぞ。


「ツッコんでよ」

「あぁ、ごめん」


 心の中でのツッコミが相手に伝わるはずもなく……逆にツッコまれてしまった。


「そーゆーとこあるよねまきは。サッカー部なのにあんまり喋らないし。うるさくないし」

「サッカー部にいるからって皆うるさいわけじゃない」

「まあそうなんだけど。一年生の時だって私と全然喋ったことないじゃん」

「別に喋ることないじゃん」

「同じ部活なのに……冷たいな~」


 昔は、もっと喋るほうだったんだけどな……。高校に入ってから……いや、中学生のあの日からあまり言葉を発しなくなってしまった。

 けれど、もちろん必要であればそれなりに会話はする。


「そんな態度取ってたら嫌われちゃうよ?」

「ああ……気を付ける」

「勉強できるし、サッカーも上手いし、意外と女子から人気あるんだよ? 顔もまあまあいいし」


 最後のセリフはいらないだろ。まあまあなら言わないでくれ少し傷つく。別に自分の顔がかっこいいと思ってはないけど。それでも、直に言われるとなぁ。

 女子から人気があるというのもあまり実感がわかない。一年の時は女子となんてほとんど話したことがない。男子とだってあんまり話してない。

 ほぼぼっちだ。悲し……。


「彼女は? いないの?」

「いないよ」


 いるわけないだろ。


「誰か紹介してあげよっか」


 クフフッと何がおかしいのか香花は笑っている。


「いいよ」


 断ると、香花は明らかにつまらなそうな顔をした。

 なんだかいいように遊ばれている気がする……。


「まあでも、うちの大事な選手が恋愛にうつつを抜かされても困るからね」


 マネージャーらしいもっともな意見を言って、香花はにこやかな笑みを浮かべた。


 そんなこんな会話をしていたら最寄り駅にたどり着いた。

 混雑している電車に乗り、揺られること約十分。学校の最寄り駅へ到着した。電車を降り、再び学校を目指して歩き始める。


 桜舞い散る街道を男子と女子が行く。青空の下、太陽の光を背に受けながら歩くその姿ははたから見れば恋人だろう。

 実際はそんな関係ではないのだが……。


「なあ、なんで今日はこんなに話しかけてくるんだ?」

「せっかく二人きりになれたから……かな」

「え……」


 急にしおらしくなったその態度にドキッとしてしまう。


「なーんてっ」


 またもやおかしそうに笑う香花は何とも楽しそうだ。蕾來らいらもそうだが、この姉妹は本当に楽しそうに笑う。


「二人きりってのもまああるけど。いつも一緒に帰るときは、ライねえがいて、ライ姉が中心に話してたからね。それに同じサッカー部の仲間としてもう少し仲良くなりたいと思って」


 今日から新学期。新たな友人関係を、といったところだろうか。確かに今まで同じ部活に居てあまり話さなかったのも、それはそれでおかしかったのかもしれない。

 おじさんに用心棒も頼まれたし、俺のほうからももう少し歩み寄るべきなのかなぁ。

 などと考えていると。


「そっちから聞いてきたんだから返事くらいしてよ」

「あぁ、ごめん」


 怒られてしまった。けれど、その言葉に怒りの感情は乗っていなかったような気がする。


 その後も、なんとなく会話を続けながら学校まで歩いた。

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