第2話 向かいの家
――ピーンポーン
来客を知らせる合図が響き渡り、家の中から足音が近づいてきた。
――ガチャ
扉が開き、中から同じ顔が二つ出てきた。
「いらっしゃ~い」
「どうぞ」
元気で明るい声と、優しい声に誘われて家の中へと足を踏み入れる。二人の少女の隣を通ると、ふわぁっとシャンプーのいい匂いが漂ってきて、少しドギマギする。
「いつも通りリビングに居てくれていいから」
――あれから一週間か……。
段々馴染みつつあるなと思いながら、リビングへ向かおうとして思い出した。
「これ、母親が持ってけって」
「わぁ~、おいしそ~」
大根の煮物が入ったタッパーを差し出すと、片方の少女の顔が華やいだ。
「まっきーのお母さんの料理っておいしいよね~。ねっ、
「うん。そうだね」
姉の問いかけに
「もう、冷たいな~」とかなんとか言いながらイチャイチャしている二人を尻目に、俺はリビングへと向かった。
――三十分後。
キッチンから魚の香ばしい匂いがしてきた。
――ガチャ
玄関で扉が開く音がして、トコトコと足音が近づいてくる。
「…………」
「あっ……もう、いたん、ですね……
「あぁ、うん」
これまた同じ顔の二人がこちらに目を向けて。一人は無言のまま二階へと去っていき、もう一人はオドオドと言葉を発して洗面所へと向かって行った。
しばらくすると、洗面所に向かって行った少女がリビングに戻ってきた。
「
「た、ただいま……です」
香花の姉が気さくに話しかけると、杏と呼ばれた少女は俯きがちに返事をしてダイニングテーブルへと向かって行った。
「ご飯できたから、ライ
リビングでくつろいでいた俺と、香花の姉の
そろって「いただきます」をして飯を食べ始める。
「本当に、俺もここで食べてていいのか?」
「いいよ、そういう約束でしょ」
「それは、そんなんだけど……。俺がいると
「牧がいなくったってあんまり変わらないから気にしなくていいよ」
「その、お姉ちゃんが……すい、ません……」
「あ、いや、杏が謝らなくても……」
「暗いな~二人とも。せっかくの香ちゃんのご飯が不味くなっちゃうよ~」
この話はここまでと、蕾來が暗に示してきたので俺たちは今の話を中断して、飯と向き合った。
黙々と夕食を食べ、「ごちそうさま」をしてリビングでくつろいでいると携帯がブーッブーッと振動した。
手に取って横にスワイプすると画面いっぱいにおじさんの顔が広がった。
――今週三回目のビデオ通話だ。
娘たちが心配で心配でたまらないのか、それとも俺が悪事を働ないように牽制するためか、その真意はわからない。
「襲ってないか?」
開口一番またそれかよ!
もうお決まりとなった一言目に心の中でツッコミを入れる。やっぱり、俺への牽制のつもりなのだろうか。
「大丈夫です」
「そうかそうか、なら良かった。今日もちゃんと用心棒やってるか?」
「やってますよ」
外カメラに切り替えて家の中を映す。キッチンでは香花が洗い物を、ダイニングテーブルでは杏が勉強をしている。俺の座っているL字ソファの対極では蕾來が寝そべりながらテレビを見ている。
俺の向けたカメラに気づくと蕾來はニコニコ笑いながら手を振ってきた。無邪気な笑顔が可愛らしい。
それに応えるようにおじさんも手を振っているが、残念ながら画面を見ているのは俺なので蕾來には届いていない。
……なんかごめんなさい。
「うん。とりあえず一週間ありがとう牧君。これからもよろしく頼むよ」
「了解です」
ツーッツーッという音が鳴りホーム画面へと戻った。
それを確認してから携帯をポケットに入れて立ち上がる。
「じゃあ俺、帰るわ」
「バイバ~イ」
「じゃあね」
「さ、さようなら……」
テレビの画面を見ながら片手をあげて手を振る少女と、洗い物をしながら声をかけてくる少女、それから少しだけ目線をこちらに向けてくれた少女をそれぞれ一瞥して玄関を出た。
……もう少しこっち見てくれても良くない?
少しの切なさを胸に玄関を出て五秒で次の玄関へとたどり着く。
四月の上旬、桜は咲き誇っていても夜はまだ冷えている。
空を見上げれば白く輝く点が二つほど見えた。きっと、ここからは見えないだけで青や赤、黄色に輝いている点もあるのだろう。それらは、無辺の漆黒に支配されても負けずに輝いている。
そんな輝きを、薄い雲が隠していった。あの雲は悪者だなと、そんな風に思った。
あの薄い雲は去ってゆくのか、それとも霧散するのか。どちらにせよまた輝きは戻ってくる。その時、いくつの輝きが見られるのだろうか。
いろいろな色が見れたらきっと楽しい。
ヒュゥーっと冷たい風が吹いてきた。思わず身震いをしてしまう。そろそろ家に入ろうとドアノブに手をかける。
最後にもう一度、空を見上げてみた。
けれど、その空に変化はなかった……。
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