第19話 馬と兎の瞳②

 馬の居たところから少し歩いて、ウサギの居る建物にやってきた。建物の中は結構な人だかりだった。

 中に入ってガラス越しにウサギを眺める。


「「わぁ~可愛い」」

「……………………」

「可愛い……」


 唐子とうこだけ声には出さなかったものの、ウサギを見る目はとろんとしていた。

 今日は唐子の色々な表情を見ている。

 家に行くと俺と顔を合わせないように、部屋に行ってしまうからな。こういう機会があって良かったかもしれない。

 誘ってくれた香花きょうかには感謝しないと。


「……この、ウサギ、家にあるやつと同じ色だ……」


 白くて可愛らしいウサギを見ながら、あんずがポツリと呟いた。


「……うん」


 それに反応した唐子もまたポツリと呟く。


「さっき話してたぬいぐるみ?」

「うん……。白のぬいぐるみ、なんだ……。やっぱり、今度、見せてあげる、ね……」

「だから杏、それは……」


 唐子が何か言いかけたが、杏はそれを遮って話を続けた。


「仲良く……なるためには、自分の、好きなものくらい……共有しないと、かなって……」

「ありがとう。じゃあ今度みせてもらおっと」

「……うん」


 香花の言葉に杏は微笑んだ。


「……そのぬいぐるみ……お姉ちゃんのと、私の、二つあるんだけど……。小さかった時は、二人とも、寝るまで、離さなかったって……お母さんが、言ってたんだ……」

「何それ、なんか可愛い」

「だから、ね……愛着がすごい、あって、段々、ほつれてきちゃったところも、あるんだけど……今でも、大事にしてるんだ……。……ちょっと、子供っぽい、かな……」

「そんなことないよ。思い出って大切だと思うし、物をいつまでも大事にするのも大切だと思う」

「そっか……。そう言ってもらえて、嬉しい……」


 そう言って杏はまた微笑んだ。


「私はお父さんとの思い出のものとかないからなぁ」

「……そう、なんだ……」

「だからそういうのがあるってちょっと羨ましいかも」

「…………」

「あっ、あっちのウサギも可愛いね」


 しんみりとしてしまった空気を打破するように、香花は少しテンションをあげながら別の場所にいるウサギを指さした。

 そこにいたのは茶色のウサギだった。


「ほんとだ……。可愛い……」


 香花と杏はそろって移動していく。


 二人の会話中、これ以上割って入っても無駄だと思ったのか、唐子はウサギをじっと見つめていた。その顔は無表情で、彼女が今何を思っているのか感じ取ることはできなかった。

 またいつものような表情に戻ってしまって少し残念だな……。

 

 唐子の視線の先では、切なげな黒目をした白ウサギが彼女を見返していた。







 混んでいたこともありウサギなど建物内の動物はパパッとしか見れなかったが、どうやら全員満足したようだ。俺も可愛いウサギに癒されて満足だった。

 

 建物から出ると、香花がさっきの話の続きを始めた。


「好きなものかぁ。だったら、杏にも私の好きなもの見せよっかな」

「香花ちゃんは……何が、好きなの……?」

「香ちゃんはサッカーでしょ~」

「うん。やっぱサッカーかな」

「サッカー、か……。私は、見たこと、ないな……」

「普通そうだよね。一緒に見てみない? サッカーのこと話せる女子全然いないんだよね。ライ姉も全然興味ないし……」

「私はバスケにしか興味ないからね~」

「じゃあ……一回、見て、みようかな……」

「やった! 牧も一緒に見ようよ」


 そう言って香花は笑顔で俺のほうに振り向いた。


「俺は……」

「いいじゃん。一緒に見ようよ。杏もいいよね?」

「うん……」

「それなら、一緒に見ようかな」

「やった!」


 いつも一人で見てるからたまにはいいかな。

 何となく断ろうとしてしまったけれど、香花の嬉しそうな顔を見ると前向きな考えに変わっていた。

 香花はどういうスタイルのチームが好きなのだろうか。好きな選手はいるのだろうか。好きなものが同じだから香花とは話が合うかもしれない。

 そんなことを考えると一緒に見るというのも楽しみになってくる。

 


 動物園で動物とは何の関係もない約束を取り交わし、俺たちは次の動物を見に移動するのだった。 

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