第17話 象の長い鼻
「パンダ可愛い~。見てみなよ香ちゃん!」
一人でだいぶ先を歩いていた
上野動物園の代名詞ともいえるジャイアントパンダ。多くの人はパンダを見るためにここに来ているのではないだろうか。
パンダはゆったりとした動作で笹の葉を食べている。
「ホントだ。可愛い~」
「可愛い……ねっ、お姉ちゃん!」
「…………うん、まあ……」
「パンダに一番似てるのはこの中だと
「……そう、かな……?」
「静かなとことか?」
「それだったら、お姉ちゃんも、一緒じゃない……?」
「……知らない……」
しかし、返ってきたのは不愛想な一言だけだった。
「え~、似てないかなぁ? 牧はどう思う?」
ここで話振ってくるのかよ。
心の中で悪態をつきながら思案する。
まあ、この中でっていうのなら唐子と杏が似てるよな。動物園でパンダが活発に動き回ってるのとか見たことないし。
「似てるんじゃない?」
「二人とも?」
「うん」
「だよね」
俺が答えると香花は嬉しそうに顔を綻ばせ、唐子は俺に鋭い視線を向けてきた。
……怖いよ。
話振られて答えただけなのに……。
「あっ、ライ姉もう向こう行ってる」
香花の視線を追うといつの間にか蕾來はパンダの前から消えて、別の場所へと移動していた。
自由奔放すぎる……。
「行こっか」
「ああ」
香花と二人歩き出すが、後ろから二人が付いてこない。振り返ると唐子と杏はまだ、パンダを眺めていた。
じっくり見たいタイプなんだろうか。それだとどう考えても蕾來と馬が合わなそうだ。人それぞれペースがあるから仕方がないけど、なるべく足並みはそろえたほうが良い気がする。
声を掛けようか迷う。
けれど、二人があまりにも真剣にパンダを見ていたから声を掛けるのをやめてしまった。
邪魔するのは悪いしな。
蕾來のほうをみれば意外と近くで止まっていた。これならすぐ見つけて追いかけてきてくれるだろう。
唐子一人だと逃亡されるかもしれないが、杏がいるなら安心だ。
蕾來と香花は二人して象を見ていた。
「そういえばライ姉は、象好きだったよね」
「うん」
「なんで?」
蕾來はパンダの時とは違い真剣な目をしていた。
「あの鼻があったら簡単にゴール決められそうじゃない?」
「「……は?」」
思わず香花とはもってしまった。
ちょっと何言ってるかわからない。
「え……?」
蕾來は困惑顔を浮かべている。
なんで今ので伝わったと思ったんだよ。
「象みたいな体だったらバスケで無双できそうじゃない? 憧れるよね~」
「ライ姉がそんな体になったら普通に怖いんだけど!」
無邪気に笑いながらも真面目な口調で言う蕾來だが、内容は思ったよりもバカだった。
俺も香花も苦笑が漏れてしまう。
真剣に象を見てた割にはかなりほっこりする内容を考えていたようだ。
「さすがに象になれないのは分かってるけどさ~。簡単にリングに届いたらいいのにな~って」
「ライ姉バスケ上手いのに、そんなこと考えるんだ」
「うん。だって、かっこいいじゃん。大きな体で敵をばったばったとなぎ倒して、華麗にダンクシュート!」
蕾來は言いながら自分でイメージしている姿を演じて見せた。
「バスケで敵倒しちゃダメでしょ!」
「倒せるくらいの迫力が欲しいんだよ~」
「ああ、そういうことね……。でも、バスケやってる時のライ姉は迫力あると思うよ」
「え、そう? ありがと~」
香花の言葉に蕾來はあからさまに嬉しそうな顔をして、香花に抱き着いた。
抱き着かれた香花は少し苦しそうに顔を歪めたが、特に嫌そうな感じはしない。スキンシップの激しい姉妹だからこれくらいは普通なのかも。
それにしても、蕾來のプレーには迫力があるのか。今の姿からは全然想像することができないが。
「……見てみたいな」
自然と言葉が漏れてしまった。
「「え?」」
「いや、蕾來プレーがどんなのか見てみたいなって……」
「まっきー見に来てくれるの!? やった~」
満面の笑みを浮かべた蕾來は香花から離れると俺のほうへ向かってきて、両手を広げると……
「うぉっ……」
そのまま抱き着いてきた。
香水でもつけているのだろうか、花のような甘いにおいが俺の周りを漂っている。脈のスピードも尋常じゃないくらい速くなった。密着した体越しにそれが蕾來に伝わっている自信がある。
こういうことをされてドキドキしない男子高校生がいたら教えて欲しい。
「ちょ、蕾來、離れて……」
「あっ、ごめんごめん」
なんとか伝えると、蕾來はアハハ~と笑いながら離れていった。
何とも心臓に悪い……。
「何、顔赤くしてんの?」
「いや、しょうがない、でしょ……」
ジト目で見つめてくる香花に言葉を返すが、恥ずかしさのせいで段々小声になっていってしまう。
その姿を見て今度は二人して大笑いしていた。
やっぱりこの二人には笑顔が似合う。
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