第16話 名字の疑問
入口を通ってすぐのところにある案内所の前に担当の先生が立っていたので、チェックをもらいに行く。
スポーツ刈りの四十歳くらいの先生。今年から俺たちクラスの体育を受け持っている人だった。
「おっ! 来たな!」
張りのある野太い声だ。
「しおりのチェック欄にスタンプ押すから出しな」
「は~い」
元気な声をあげて
それに続いて
「
「……ええ、まあ……」
「仲良いのか?」
そう言いながら先生は俺たち五人を見渡す。
「仲良いよ~」
「そうなのか。知らなかったな」
「最近仲良くなったんだ~」
蕾來は呑気に言うが、俺含め他の四人は苦笑いを浮かべるしかない。
今はとても仲良しとは言い難い関係だと思うのだが、蕾來はそんなの関係ないらしい。
俺たちの微妙な雰囲気には気づかずに、先生は「楽しんで来いよ!」と声を掛けて俺たちを送り出した。
「なぁ」
「……ん?」
俺は四人の一番後ろを歩いていた香花に声を掛けた。気になることがあったから。
「おじさんが再婚してから名字変えてないのか?」
さっき先生が口にした名字。紫芝が蕾來たちで、桃谷が唐子たち。双子というのは嫌でも注目されるから関わりがなくても大体の生徒が知っているはずだ。ただ、双子を区別するために皆名前で呼んでいるから今まで気が付かなかった。
「さあ? 変わってると思うけど……」
「曖昧だな」
「名字の話とかしてなかったからわかんないや」
「おじさんに聞いてないの?」
「うん。お父さん、結構いい加減な性格だからね」
おじさんのことが脳内によぎる。
用心棒を頼まれたのも急だったし、それについての詳しい説明もあまりなかった。
家族じゃない俺から見ても、確かにいい加減な性格だと思う。
「高校卒業するまでは良いんじゃない? 別々の名字で呼ばれても。高校ではもう紫芝と桃谷で
「それもそうだな」
その時ふと視線を感じてその方向を横目で見てみると、唐子がこちらを睨んでいるのが一瞬見えた。
何か悪い事でもしただろうか?
冷や汗が出そうになるも、一瞬の出来事だったので特に気に掛けるようなことでもないと思い直す。もしかしたら俺が気づいてないだけで、今までも俺のことを睨んでいたかもしれないし。それはそれで怖いけど。いちいち考え込んでいたら埒が明かない。
いるだけで悪いみたいなところあるからな……。
「急にどうしたの?」
「ん?」
香花の言葉に意識が戻される。
「なんでそんなこと聞くのかなって思って」
「それは……」
なんでだろう?
先生が名字を口にしたときなぜか疑問に思ってしまって、気が付いたら香花に声を掛けていた。
あの日から、他人にあまり踏み込まないようにしていたのに。よりにもよって家族内のことに口出ししてしまった。
普段から俺のことを気にかけてくれる香花たちに心を許しすぎていたのかもしれない。
さっきの発言は香花の気に障っただろうか。そう考えると、何気ない香花の顔も不機嫌な顔に見えてきた。胸がざわざわとしてきて嫌な感覚が蔓延る。
けれど、その感覚は香花の言葉によって取り払われた。
「理由は何であれ、私は話しかけてくれて嬉しいよ。今日は親睦を深めるために同じ班になったんだから。もっと話しかけてくれてもいいくらいなのに」
「名字のこと聞いて、気に障らなかったか?」
「そんなことで気に障るわけないじゃん」
そう言って香花は優しい笑みを浮かべた。
「……そっか」
良かった。ひとまず胸を撫で下ろす。
また香花の笑顔に救われてしまった気がする。
「また話しかけてね」
「ああ」
隣を歩く香花はさっきとは違う、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
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