第14話 青空の下で

 グラウンドに集合した生徒たちは、朝だというのにいつになく盛り上がっていた。


 「あそこ行くの楽しみだね」とか「勉強しなくていいとか最高」とか皆テンション高めに話している。


 快晴とまではいかないものの空は青を綺麗に映し出していた。吹いてくる風も心地好い。

 絶好の遠足日和だ。


「まっきーおっはよ~!」

「おはよー」


 今日は桃色のヘアピンをそれぞれ付けている、蕾來らいら香花きょうかが手を振りながらこっちへやってきた。

 肩からぶら下げたおそろいのポーチが揺れている。

 この二人はいつもテンションが高いほうだから遠足だろうがあまり変わらない。二人を見るとなんだか安心してきた。


 唐子のことが気になりすぎて遠足に対して少し身構えすぎていたかもしれない。

 もっといつも通りにしよう。


「おはよう」

「どう? これ、可愛いでしょ」


 香花は近づいて来て、着ているスカートを両手で持って少し広げて見せた。


 ――可愛かった。


 今日の遠足は私服なので皆オシャレをしている。

 香花は薄緑のスカートにクリーム色の肩だしシャツ。普段露になっていない部分が出ていてドキッとしてしまう。

 いつも通りと思っていたのに、もう心が乱されてしまった。


 高鳴る鼓動を抑えようとしていると香花が首を傾げてきた。

 返事を待っているのだろう。


「……うん……」


 それしか音にならなかった。恥ずかしくて可愛いという言葉が出てこない。


「まっきー私は?」


 香花に続いて、両手両足を大きく広げた蕾來が感想を求めてきた。


 ――可愛い……のだが。


 白いシャツにデニムの短パン。スポーツ少女に似つかわしい服装でよく似合っていた。

 確かに可愛いが見せ方が何というか……子供っぽくて可愛さが半減しているような……。


 まあ、これが蕾來らしいといえば蕾來らしい。


「可愛いよ」


 こっちの感想はなぜか普通に出てしまった。


「やった~!」

「全然反応違うじゃん! 牧はライ姉みたいなのが好きなの?」


 当然香花は納得していない。頬を少し膨らませながら言い寄ってくる。


「いや……二人とも可愛いから……」


 小声で言うと。


「ありがとー」


 さっきの不貞腐れ顔はどこへやら、香花はニコニコと笑みを浮かべた。


 


 話をしていると、先生から集合がかかった。俺たちはすぐに移動する。

 わらわらとクラスごとに整列を始めた。が、遠足に浮かれまくっている生徒たちの整列はいつにも増して遅い。


 徐々に先生が苛立ってくる。

 何度も腕時計を確認しながら周りを見渡している。

 そして我慢ならなくなったのか、獲物を見定めているときの猛獣のような鋭い目を騒いでいる生徒に向けながら大声で怒鳴り始めた。


 空気の流れを敏感に察知した生徒たちは黙って整列作業に入る。

 

 整列し終わって始まったのは説教だった。

 遠足の日にこういうことをされると興がそがれる。悪いのはこちら側なので何とも言えないが、こういう日くらいは大目に見て欲しいと思ってしまう。

 

 しかし、説教はだらだらと続く。

 早く終わらないかな。

 俺も含めここにいるほぼ全員が頭の中ではそう思っているだろう。

 グラウンドの砂がじりじりと尻に食い込んでくる。痛い。

 四月にしては強い日差しも降り注ぎ、若干の汗も浮き出てきた。

 隣にいるクラスメイトなんかは膝におでこを付けながらじっと座っている。

 今は遠くから聞こえる小鳥の囀りだけが癒しだった。

 

 


 やがて、長い長い地獄のような時間も終わり、改めての諸注意などをして班行動へと移っていった。


 立ち上がり大きく伸びをする。

 背中が伸びて気持ちがいい。


「よ~し! じゃあいこ~!」


 テンション高めの蕾來が香花と唐子とうこあんずを連れてやってきた。説教の後でよくそんなにテンションが上がるなと思ってしまう。

 唐子と杏は共にジーンズと白いシャツを着て唐子は藤色の、杏は紺色のロングカーディガンを羽織っていた。背中にはおそろいの黒いリュックを背負っている。

 蕾來と香花に比べれば落ち着いた服装で、色違いの双子コーデだった。


「まっきーも行くよ~」

「ああ」


「えっ…………?」


 蕾來の声に一人困惑の表情を浮かべたのは唐子だ。


「こいつも一緒に行くの?」


 唐子は杏に尋ねる。


「……うん」


 杏は俯きながら答えた。唐子の鋭い視線からそらすように。

 険悪な雰囲気が場を支配する。

 杏から視線を外した唐子は俺のほうを一瞥した。


 敵意のようなものが俺に直撃する。

 あはは……と思わず苦笑いがこぼれてしまった。


 それが唐子の神経を逆撫でしてしまったのか、より一層眉間にしわを寄せてこちらを睨みつける。

 うぅ…………。怖い……。


「そんな怖い顔してたらダメだよぉ~。遠足だよ! 楽しもっ!」


 委縮していた俺に助け舟をくれたのは蕾來だった。

 場の雰囲気など関係なしに唐子に近づいて行く。そして、唐子の両頬をムニッと掴んだ。

 唐子の険しい表情が崩れる。


「笑顔、笑顔~!」


 蕾來の行動に唐子は呆気にとられている。


 しかし、それも一瞬ですぐに元の顔に戻った。


「気安く触らないで」


 低く押し殺した声でそう告げながら、蕾來の手を振り払う。


「男がいる中で楽しめるわけないじゃない」


 決して大きな声ではないけれど、心からの叫び。それが表情からひしひしと伝わってきた。

 先週の俺よりも暗い気持ちを胸の内に抱えているのだろう。そんな気がした。


 本当に男嫌いを克服させてあげるべきなのだろうか……。

 お願いをしてきた杏のほうを見れば、申し訳ない気持ちでいっぱいなのかぺこぺこ頭を下げている。


「そんなことないよ~。絶対楽しいよ!」


 蕾來は唐子に対して笑顔を崩さない。本当に明るい性格だ。


「そうだよ! 行けば楽しくなるよ!」

「……お姉ちゃん……行こ?」


 蕾來に香花と杏が加勢する。


 蕾來と香花の笑顔と、杏の言葉に押されたのか唐子は反論しなくなった。

 それを好機と見たのか杏が唐子の手を握って強引に引っ張る。


「行くよ。お姉ちゃん」

「ちょ、ちょっと……」


 慌てながらも杏に足取りを合わせる唐子。それに俺たちも続いた。


 香花が俺の肩をちょんちょんと突いてきた。


「ごめん……あんまり唐子との仲、進展させられなかった」


 周りに聞こえないように耳元でコソコソと言ってくる。耳に息があたってくすぐったい。

 

 まあ、今のやり取りを見て何となくは察していた。

 香花たちがどうやって仲を進展させようとしたのかは知らないが、どれも上手くいかなかったようだ。


 それほどに唐子の意思は固いのだろう。


 その意思を崩していかないといけない。


 今日それが出来るだろうか。


 前を行く四姉妹は二対二に分かれて歩いている。

 校舎の影になっている地面を静かに歩いて行く一組。その影が届かない明るい地面を笑いあって歩く一組。

 その間を後ろからついていく一人。


 地獄から始まった遠足。


 最初に辛い思いをしたから、この先多少の嫌なことが起こっても大丈夫な気がした。



 校舎の横を通り過ぎ、校門を出ると小鳥の囀りがさっきよりも大きく聞こえた。


  

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