第12話 来週の遠足
体育館に二年の生徒が集められた。
これから来週行われる、遠足の概要説明と班決めが行われる。
先生の話が始まり、体育館中が静まり返った。
けれど、もう班の話をしている生徒もちらほらと見られる。興奮が抑えられないらしい。
こういうときくらい黙って聞けないのかと俺は思ってしまう。
遠足の概要はシンプルだった。
行動範囲は東京二十三区内。スカイツリーや上野動物園など、いくつかあるチェックスポットでチェックを二つ以上受けて、十七時半までに学校に戻ってくれば、あとはどこへ行ってもいいとのことだった。
都内の学校に通っているのに、都内で遠足というのはどうなのかとも思うが、かなり生徒に寄り添ってくれた内容だと思う。
時間的に二つより多く周れるかは定かではないが……。
先生が強制的に選んだところを周るより、自分たちの行きたいところに行けるほうが絶対に楽しい。
班構成もかなり甘かった。というか、大甘だった。
基本的にはクラス内で班を作って欲しいとのことだったが、それも建前で、クラス関係なく好きに班を作っていいそうだ。
人数は一班三人以上。それがもっともらしい班決めのルールだった。
事前に他クラスの
先生による概要説明が終わり、班決めの時間になった。
わらわらと生徒が動き始める。クラス替えをしたばかりなのでクラス内に仲のいい友達がいない生徒が大半だ。
クラスごとの整列がみるみる崩れていく。
人波の間を縫って香花と
その姿を確認して俺は腰を上げる。
「唐子を誘うのは私たちがやるから、何かして時間潰してて」
香花はそう指示だけ出すとそそくさと行ってしまった。
せっかく立ったのに俺はやることが無くなってしまった。
友達もいなければ喋る相手もいない。
けれど、このまま突っ立っていたら先生に余計なおせっかいをされてしまうと思い、ぶらぶらと人波にもまれながら歩くことにした。
しばらくすると、人波も無くなってくる。皆、何人かの班を作って楽しくお喋りを始めている。
笑い声が絶えない。
ちらほらとまだ一人ぼっちの生徒もいるが、そんな生徒には先生が何やら話しかけている。
きっと「誰も組む奴いないのか」的なことを言われているのだろう。
俺もそろそろやばくなってきた。
そう思ったところで右肩を誰かに掴まれた。
体がビクッと反応した。
先生だろうか。
おそるおそる振り返る。
――そこに居たのは
その姿を見て安堵した。
「まっきー、まだ班作ってないの?」
武士は明るい声で話しかけてくる。
「いや、もう作った」
答えると武士は驚きの表情を浮かべた。
そんなリアクション取るなよ……。確かに友達いないから作れてるほうが意外なのはそうなんだけど……。
なんだか悲しくなる。
「えっ!? えっ!? 誰と!?」
武士は興味津々だ。体を前のめりにして聞いてくる。
「香花とか……」
「まじかよ~」
武士はめちゃくちゃ大きなリアクションをとった。
「えっ!? なにっ!? やっぱ付き合ってんの!?」
リアクションも大きければ声も大きい。
お前は陽キャ女子か……。
心の中で思わずツッコミを入れてしまった。
俺は圧に押されたのと唾が飛んできそうなのとで思わず顔を背けてしまう。
「だから、付き合ってないよ」
何度聞かれたところで答えは昨日と変わらない。
武士は不服そうな顔を浮かべているが本当のことなのでこればかりは仕方がない。
「じゃあ何で急に仲良くなったんだよ」
「それは……」
言葉に詰まる。用心棒のことを言ってしまっても良いのだろうか。秘密にしろとは特に言われてはいない。
けれど、四姉妹の同意を得ずに俺がペラペラ喋るものでもない。
「色々、あって……」
考えた末、濁してしまった。
当然、武士は訝しげにこちらを見てくる。
誤魔化せないか……。
と思ったが武士はこれ以上追及してこなかった。
「言ってくれそうにないしやっぱいいや」
機嫌を損ねたかなと俺が逆に相手を窺ってしまう。
しかし、表情を見てもそれはわからなかった。
そこへ香花がやってきた。
「あっ、武士も一緒だったんだ」
「よっ! 香花ちゃん!」
武士は明るく声を掛ける。
「ねえねえ香花ちゃん、まっきーと付き合ってるの?」
まだ気になってたのか……。ほんの少しため息がこぼれてしまう。
さっきあっさり引き下がったのは香花の姿が目に入ったからかもしれない。
「付き合ってないよ」
香花の答えも俺と変わらない。
あっさりとしたその答えに、「香花ちゃんが言うならそうなのか~」と武士はなぜだか納得していた。
いや、俺も同じこと言ったんだけど……。
香花と俺では信用度が違うらしい……。
「
香花は俺に向かって手招きをしてきた。
「じゃあね、武士」
武士への挨拶もそこそこに香花は歩き出す。
俺も武士に「じゃあ」とだけ言って香花について歩き出した。
歩いて行った先では
その中に唐子の姿が見えない。
「よしっ。じゃあ行こう」
香花の声に、他の二人もそろって歩き出す。
「……どこ行くんだ?」
「先生のとこ。班が決まったら先生に報告に行かないと」
香花にそう言われて、そういえば説明の時に言っていたなと思い出す。
「……唐子は良いのか」
「唐子も一緒に行ったら牧が同じ班だってばれちゃうじゃん。唐子は今トイレ行ってるから」
蕾來と杏に聞こえないように香花は小声で伝えてくる。
これが見つかったら信用度ガタ落ちになるじゃないか。そしたら作戦もおじゃんだ。
そう思うものの、唐子の問題を解決するにはこれくらい強引にやらなければいけないと思い直す。
先生のほうへ向かう途中、唐子が本当にいないか気になって周りをチラチラ見てみたが、それらしき人影は見えなかった。
そんなことよりも、サッカー部員の視線が痛かった。
……きっと、何でお前が女子三人と歩いてるんだとか思っているのだろう。
昨日の今日だしな……。
また小さなため息がこぼれてしまった……。
班決めが長引いてしまったこともあり、帰りのSHRは体育館で
先生に報告に行った際、なぜ唐子がいないのかと言われたが、トイレに行っているとそのまま伝えたらあっさりと了承してくれた。
これで来週の遠足は俺と四姉妹の五人で一班になった。
今日は部活がないので香花と杏と一緒に帰宅する。
蕾來は自主トレに、唐子は部活にそれぞれ行ったらしいので今までにないメンバーでの帰宅になった。
それにしても、女四人に男一人か…………。
まだ俺が寡黙になっていない――中学生時代とその以前。そのときもこんな比率で出かけたことはなかった。
そう考えると妙に緊張してきた。
前方から照らしつけてくる夕日も相まって俺の顔がじわじわと熱くなってきた。
いや、これは唐子のためにやることだ。
自分に言い聞かせて、緊張をほぐそうとする。
「良かったね。女子四人と出かけられるんだよ! ハーレムだよ、ハーレム」
後ろに手を組んで俺の顔を覗き込むように首を傾けながら香花がからかってくる。
その横顔に夕日が当たって顔が火照っている。
それが何とも言えない可愛さと美しさを引き出していて……。
「………………」
俺の顔も赤く染まっているのだろう。さっきよりも熱を帯びているのが伝わってくる。
心臓が跳ねる回数が増し、跳ね方も大きくなる。
「何照れてんの~」
フフフと楽しそうに笑いながら香花が言う。
後ろで杏もクスッと笑っている。
「遠足の日はしっかりしてよね。唐子と仲良くなるチャンスだから」
「……ああ」
「わっ、私も、頑張ってサポート、します」
「うん。頑張ろうね」
香花は優しい笑顔で杏のほうを見る。
それは何とも微笑ましい光景だった。
まだ姉妹としては距離が遠いけれど、遠足を通してこの二人の仲もさらに深まればいい。
会話をしている間に熱も脈も治まってきた。
どんな遠足になるのだろう。
冷静になった頭でふと考える。
男嫌いの唐子と俺が同じ班なのだ。
楽しい遠足になる保証はどこにもない。
唐子以外三人はそれでいいのだろうか。
気になってしまったがそれを聞ける勇気が今の俺にはまだなかった……。
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