第11話 光への道筋

 昼休みを挟んで午後最初の授業。

 教室内は静かだ。先生の落ち着いた声音と、暖かな春の陽気のせいだろうか。眠気と戦いながら授業を受けている生徒もいる。

 

 昨日今日と香花きょうかには気を使わせてしまった。

 試合のことと、おじさんとの約束を破ってしまったこと。悔しさ、惨めさ、情けなさ。負の感情が心を支配していた。

 そのせいで昨晩はあまり眠れなかった。


 それでも、登校中に香花と話をしたことで少し気分は楽になった。

 香花には感謝しないといけない。

 去年は心の支えになってくれる人なんていなかったから、ありがたみを余計に感じる。


 ここ数週間関わっただけだけれど、香花たち姉妹の性格はなんとなくわかった。

 蕾來らいらと香花の姉妹はポジティブだ。気にしても仕方がないという考えで行動している。そして、常に明るい。特に蕾來は底抜けに明るい。

 バスケ部に所属している蕾來は、スポーツ少女という印象も相まってか暗い印象が全くない。

 この双子の姉妹にはとても助けられているなと思う。一緒にいるだけで俺を明るい方向へと持って行ってくれるから。


 逆に唐子とうこあんずの姉妹の性格はまだ掴めない。ただ暗い。ほとんど話したことがないからそういう印象しか持たないし、持てない。

 どちらかといえば俺は後者の姉妹みたいな感じの印象なんだろう。

 喋らないし、不愛想だし。


 蕾來と香花を羨ましく思うときがある。相手にどんどん踏み込んでいく割にその人に全く不快感を与えない。

 それはすごいことで俺には到底マネできそうにないから……。


 また心が暗くなっていく。

 窓の外では太陽が燦々さんさんと降り注いで、世界を明るく照らしているのに。それも俺の心の中までは届かない。


小田おだくん」


 急に名前を呼ばれドキリとする。呼んだのは黒板の前に立っている先生だった。


「三番をお願いします」


 考え事をしていたせいで授業を全く聞いていなかった。急いで教科書を見るがどの三番かわからない。冷や汗が出てくる。


「小田くん?」


 返答にきゅうしていると先生が再度俺の名前を呼んできた。

 何か発さないと……。


問一といいちの三番ですよ」


 何かを察したのか先生は助け舟を出してくれた。

 問題がある場所に目線を移す。英語の◯✕問題だ。今更考えている余裕はない。当てずっぽうで言ってみる。


「……バツです」

「残念。ここは逆だね。マルだよ」


 間違いに対して先生は、にこやかにやんわりと否定した。

 

 恥ずかしい。耳が熱くなってくる。

 先生は笑顔で軽く流したが、教室はシンとしていて心細く感じる。


 教室右前方では四番の答えを間違えた生徒が周りの生徒に笑われて茶化されていた。


 俺が間違えたときにはなかった空気だ。間違いを笑いに変えてくれる存在いるというのは心強いなと思う。恥ずかしい思いをしなくて済みそうで。


 一人でいるから。誰にも何も話せないし、話さないから。

 全部一人で抱え込んでしまう。そして暗い感情が積み重なっていく。悪循環だ。


 少しでもその循環を断ち切りたくて机に伏せて目をつぶった。

 どうせもうこの授業で当たることはないだろう。授業を聞いていない分、復習に時間はかかってしまうけれど、伏せてしまった体はもう動かせなくなった。

 

 寝不足のせいもあって、意識が遠のいていくのは早かった。





「……き……まき。……まき~。お~い」


 体を揺すられる。

 顔を上げると目の前に香花と杏が立っていた。


「あっ……起きた」


 教室の中が騒がしい。どうやら授業はもう終わったようだ。


「珍しいね。まきが授業中に寝るなんて」

「寝不足だったから……」

「しかも先生に当てられて間違えちゃって。集中しないとだよ~」


 香花が少しふざけた口調でこの話題に触れてくれてちょっと心が軽くなった。去年は居なかった存在。こうして間違いに対して明るく突っ込んでくれる香花がいるのといないのとでは気分が違う。


「考え事してて……」


 香花はハァと息を吐いた。朝から変化のない俺に呆れているのだろう。

 それでも香花は切り替えて、俺の机までやってきた理由を話し始めた。


「次の時間、遠足の班決めでしょ?  一緒の班になろうよ」

「えっ……」

「えって……。誰かともう組んでた?」

「いや、何で俺なんかとと思って……」

「別に牧と行きたいってわけじゃなくて……」


 その言い方はさすがにひどいだろ……。


「……姉妹皆で一緒に行けば仲良くなれるかなぁって。その中に牧も入れば親睦も深められるでしょ?」

「確かにそうだけど……」


 香花の言い分に納得する。

 そこであることが気になった。


「姉妹でってことは唐子も来るんだろ?」

「唐子には当日まで内緒しとく。だから、ねっ?」


 香花はなぜかいつもより強気になって誘ってくる。


「杏は、それでいいの……?」


 香花の隣に立って、黙って会話を聞いていた杏のほうを見る。


「……はい。少しぐらい、強引にいかないと……」


 いつものように杏は小さな声でそう言ったかと思うと、少し声量を上げて。


「そ、それにっ……! 当日までには、お姉ちゃんと香花ちゃんたちの仲も、進展させますからっ……! 牧さんにはなるべく、迷惑は掛けないようにするので……」


 両手をグッと握り、顔を赤くしながらそう言った。

 普段小さな声でしゃべっている人が急に声量を上げると、迫力がある。そして、真剣さも伝わってくる。

 杏が良いのなら……。


「じゃあ、俺をその班に入れて下さい」

「えっ、なんで敬語っ!? しかも頼んだのこっちだし」

「……余り者同士で組まされるような人間を誘ってくれたから……かな」

「なにそれっ」


 アハハと口を大きく開けて香花は笑った。その隣で杏もクスッと息を漏らした。


 その瞬間、俺の頬も少し上がっていた気がする――。

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