25戦目 お料理対決

 目白家には目白家の、大宮家には大宮家の味というものが存在する。

 小さい頃はお互いに夕飯をご馳走したりされたりもしたけど、成長するに連れてそういった機会は減っていった。


「星夜、今日は私が夕飯を作るから招待するわ」

「ずいぶん急だね」

「パパとママが出掛けるのよ。デリバリーでも良いんだけど、せっかくだから作ってみようかなって」

「へー。エリスって料理できたんだっけ?」


 残念ながらエリスが料理をしている記憶は調理実習で失敗したものしかない。

 火加減を間違えたり、調味料の分量を間違えたり、実習の回数は多くないのにその全てで何かやらかしている。


「見くびってもらっては困るわ。なぜなら私のホームなんだから」

「だからこそ油断してやらかすんじゃないか?」

「そんなことを言っていられるのも今のうちよ。もし私の料理が美味しかったら私の勝ち。料理対決の幕開けよ!」

「料理対決とはなんか違くないか? 僕がマズいって言ったらどうするんだ?」

「心配ないわ。星夜はそういうウソは付かないって信じてるから」


 その大きな瞳で真っすぐに見つめられると、何があっても幼馴染の信頼を裏切ってはいけないという気持ちになる。

 もちろん僕はその信頼通りウソを付くことはしない。

 美味しかったら素直に美味しいと認めるつもりだ。


「それじゃあお言葉に甘えてご馳走になるよ。母さんにも連絡しておかないと」

「心配ないわ。すでに私から言ってあるから」


 今日の夕飯はいらないと母さんにLINEしようとスマホを取り出すと、いつの間にか1通のメッセージが届いていた。


―エリスちゃんの手料理堪能してきなさい

―エリスママには私からお礼を言っておくから


 料理の腕前には若干の不安が残るものの、僕の親への下準備は完璧だった。


***


 ピンポーーーーン


 インターホンを鳴らしてから数秒後、ガチャリと玄関のドアが開けられた。


「いらっしゃい」

「ダメじゃないか。ちゃんと外に居るのが誰なのか確認しないと」


 フリルの付いた桜色のエプロンを身にまとったエリスはとても可愛い。

 少しサイズが大きくて背伸びしてるような印象を与えるのもすごく良い。

 こんな可愛い女の子を目の当たりにしたら不審者じゃなくても魔が差してしまうかもれない。


「鳴らし方で星夜ってわかったから平気よ」

「僕のインターホンの押し方はそんなに特徴なの?」

「そうよ。なんていうかこう、私の眠りを妨げるような」

「エリスが寝坊するのが悪いんだろ」

「とにかく早く上がりなさいよ」


 促されるまま僕は大宮家の玄関をくぐった。

 小さい頃はただ豪華と思っただけだけど、物の価値を理解するととんでもない家だと再認識する。


「もう準備はできてるわ。ほら、良い匂いでしょ?」

「うん。エリスって料理できたんだね」


 意外にも廊下に漂ってきたのは芳醇なデミグラスソースの香りだった。

 今のところ僕の完敗が見えている。

 両親が不在の家に手料理を食べに来ている時点で実質彼氏みたいなものだけど、このままエリスが勝利したら僕らの関係はどうなってしまうんだろう。

 料理への期待と未来への不安がどっと押し寄せてくる。


「さ、どうぞ」


 幼い頃にも座った覚えのあるイスに腰を掛けると、当時は全然届かなった床に足が着く。

 一方、幼馴染はあの頃からほんの少し背が伸びたものの足をぷらぷらさせている。


「ふっふっふ。私自慢のオムライスを召し上がれ」

「いただきます」


 デミグラスソースが掛けられたオムライスは見た目からもふわふわ感が伝わってくる。

 中に爆弾でも仕掛けられてでもしない限り絶対に美味しい。

 僕は負ける覚悟を決めてスプーンで一口すくった。

 チキンライスもツヤツヤでケチャップの香りが食欲をそそる。


「さあ、早く早く」


 エリスは目をキラキラさせて僕の一口目を待ち望んでいる。

 僕はその期待に応えるべくオムライスを口へと運んだ。

 そしてその味を堪能しようとしたら


「ぶふぉっ!」

「ええ!?」


 むせた。

 だって想像していた味の100倍くらいしょっぱいんだもん。


「げほっ! げほっ!」

「ちょっと大丈夫? ほら水」

「ありが……ふぅ」


 水で口の中に広がる塩味を胃に流し込んでどうにか落ち着いた。

 塩をそのまま舐めてもあんなにしょっぱくならないと思う。

 一体何が起きたんだ。


「あまりの美味しさにむせた……わけじゃないのよね?」

「一口食べればわかるよ」


 エリスにもオムライスを食べるように促す。

 これは自分で食べてもらわないと僕がむせた理由を納得してもらえないだろう。


「ぺっ! なにこれ!? しょっぱ!」

「だろ? 一体どれだけ塩を入れたんだよ」

「えー? 間違った覚えは……あ」

「今、あって言ったな?」

「どこかにぶつかったあと、塩のビンが倒れてるのは見たわ」

「それじゃないか」


 ものすごい量の塩がボウルに中に入ったら気付きそうなものだけど、それをスルーして調理を続けちゃうのが僕の幼馴染だ。

 塩と砂糖を間違えるテンプレ展開じゃなかったのは評価できる。


「さすがにこれは僕がマズいと思っても反論できないよね?」

「うぅ……仕方ないわね」


 塩を入れすぎるというミスはあったものの、基本的には料理ができること知れたのは収穫だ。

 将来は僕が監督しつつ一緒に何か作りたいな。


「とにかくこれは頑張って食べよう」

「……はい」


 このしょっぱさは幼馴染の手料理を食べられるうれし涙の味だ。

 そう自分に言い聞かせてどうにか完食した。


 大宮エリス、25敗目。

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