26戦目 視力対決
身体測定は少し前に終わったけど保健室にはその名残があった。
その一つが視力測定に使う、Cみたいなやつが上下左右に向いているアレだ。
「ねえ星夜。アレ使わせてもらわない?」
「視力対決でもするつもり?」
裸眼ではよく見えないけどメガネを掛ければちゃんと1.0ある。
エリスは裸眼でちゃんと黒板が見えているのでいい勝負ではあると思う。
「その通りよ。どっちがより小さいやつを当てられるか勝負よ。保田先生に判定してもられば不正はできないわ」
「先生だって暇じゃないだろ」
「なに? 怖じ気付いた?」
「そういうわけじゃないけどさ」
僕達の対決に勤務中の先生を巻き込むのは如何なものかと思う。
保田先生ならあっさり引き受けてくれそうだけど、あの安らかな笑顔に負担を掛けるのは申し訳ない。
「先生に断られたら私だって引き下がるわよ。それでも星夜の勝ちでいいわ」
「保田先生。エリスのバカなお願いを断ってくれますように」
先生が断りさえすれば僕の勝ちが確定するなんてこんなに楽なことはない。
まだまだ先は長いんだから1回くらいそういうボーナスがあっても良いと思うんだ。
「失礼します」
「あら、どうしたの?」
年齢は40代という噂があるけど、とてもそうには思えないキメ細かい肌とスラリと伸びた手足。
男子が理想とする保健室の先生像をそのまま体現したのがこの保田先生だ。
その美貌に惹かれて用もないのに遊びに来る生徒も多いと聞く。
僕らもその用のない生徒と言えばそうなんだけど。
「視力測定のアレって使わせてもらえますか? どっちの視力がすごいか勝負したいんですけど」
「勝負? いいけど、それならこの前の測定結果じゃダメなの?」
「過去の私じゃなくて、今の私がこいつに勝ちたいんです」
真剣な顔でなんかカッコよさげな台詞を言うエリス。
その言葉には妙な熱が込められていて、受け止める保田先生の表情もキリっと切り替わる。
「なにか事情があるみたいね。いいわ。使いなさい」
先生のこの一言で残念ながら僕の不戦勝はなくなってしまった。
つまりこれはガチな対決だ。
努力で埋め合わせできるものではない。純粋に今の視力で戦うしかない。
先生がガラガラと保健室の隅からアレを引っ張り出してくれると準備完了。
エリスは床に張られたテープの位置に立つ。
「上の方は余裕なので真ん中ら辺からお願いします」
「オッケー。これは?」
「下です」
「これは?」
「左です」
「すごい。んー、じゃあこれは?」
「これも……左?」
「残念」
エリスは下から5番目。0.9のところまで正解した。
僕の視力は1.0。順当にいけば勝てるはずだけど油断は禁物だ。
上下左右を言い間違えないように深呼吸をして心を落ち着ける。
「お願いします」
「これは?」
「わかりません」
保田先生が指したのは1番下の列だった。さすがにこれは見えないし、わからなくても勝敗に影響しない。
下手に答えて不正解だった時に負け判定をされては困るので素直に引き下がった。
「じゃあこれは?」
「わかりません」
次の列もCというよりは〇にしか見えない。
どの向きが欠けているのか勘でしか答えられない状況に変わりなかった。
「さすがにこの辺は無理かー。じゃあ、1.0のところにするね。これが見えたら目白くんの勝ち」
「はい」
「これは?」
下から4番目。視力1.0を示すその場所を先生は差した。
円が欠けているのは間違いなく上だ。
落ち着いてよく見る。先生が指差しているのは上が欠けているもの。
つまり僕が口にすべき答えは
「上です」
「うん。正解」
「よしっ!」
ただの視力検査で初めてガッツポーズをしたかもしれない。
前回の料理対決と言い。最近は少しエリスに追い詰められ気味だ。
その分、勝った時の喜びが今までよりも大きい。
「はあ……負けちゃった」
「よくわからないけど残念だったわね」
保田先生はエリスの肩をポンと叩く。
本当に事情もよくわからないのによく付き合ってくださった。
大宮エリス、26敗目
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。