18戦目 フリック入力対決
「まだよ。まだ終わっていないわ」
ファストフード店をあとにして僕らはそれぞれの家に帰っていく。
隣同士なので当然同じ道を歩くわけだけど、その途中でエリスは涙目で僕に訴えた。
「今日は3本勝負にしましょう。これに勝った方は100万ポイント!」
「それじゃあ僕が勝ったらエリスは僕の彼女になってくれるんだね?」
エリスが100回負けたら自分を負けヒロインとして認めて、僕の彼女になってくれる約束だ。
100万ポイントなら1万回彼女になってくれる計算になる。
「そういう意味じゃなくて精神的なポイントよ」
「よくわからないけど、ちゃんと1勝にカウントしてくれるなら異論はない」
「さすが話が早いわ。でも、今からできる対決なんて……」
うーんと辺りを見回す幼馴染。
何の計画もなく3本勝負にしたらしい。
対決が終わるまで一緒に居られるのは嬉しいけど、あまり遅くなるのも申し訳ない。
ちょっと助け舟を出してあげよう。
「それならさ、こんなのはどうかな」
鞄からスマホを取り出してメモ帳アプリを起動した。
何も文字が入力されていない真っ白な画面をエリスに見せる。
「指定された文章をどっちが早く打てるか勝負。フリック入力対決ってところかな」
「望むところよ。で、なんて入力する?」
「うーん。そうだなー」
あまり長くてもグダグダになるし、だからと言ってどちらかの趣味嗜好に寄ったものだと不公平だ。
エリスと同じように辺りを見回して題材を探す。
「あ! あれなんてどうかな」
僕はお店の壁に貼られた1枚のポスターを指差した。
新作のラーメンを紹介するポスターには呪文のような長い名前がでかでかと書かれている。
「……すごい名前ね」
「この勝負には打ってつけじゃないか」
注文する時はどうしてるのか気になるけど、それは一旦置いておいて勝負の準備に入る。
「はい。僕はまだ何も入力してない」
「私もよ。不正なんてないわ」
お互いにスマホ画面を確認してフライング入力していないことを確認する。
エリスはズルをするような人間じゃないとわかってはいるので様式美みたいなものだ。
「合図はどうしようっか。文章を選んだのは僕だからエリスに譲ってもいいよ」
「ふっふっふ。負けても言い訳しないでね?」
「それはこっちのセリフだよ」
僕がスタートの合図を変なタイミングにしたから負けたと言われない対策もバッチリ。
あとは油断せず、落ち着いて素早く入力すればいい。
僕が完全に有利とも言えない対決はやっぱり緊張する。
ただラーメンの名前を入力するだけなのに妙な緊張感で指先が冷たくなっていく。
「それじゃあいくわよ。レディ……ゴー!」
エリスの合図と共に2人仲良くポスターの文字を食い入るように見つめ、同時にフリック入力していく。
背脂やら地名らしき漢字やら、普段使わない言葉多く意外に手間取ってしまう。
それは幼馴染も同じようで、スマホを見つめる目がいつになく真剣だ。
お互い無言でスマホに文字を入力すること数十秒。
沈黙を先に破ったのは
「できた!」
「ああ! もう! 負けたあ」
「ほら、合ってるよね?」
エリスにメモ画面を見せて確認を促す。
一字一句どこかに間違いがないかを真剣に探す姿は、まるで僕自身が見つめられているみたいでちょっと気恥ずかしい。
こんなにまじまじと見てくれるなら『エリス、好きだよ』とかついでに書いておけばよかった。
「うぅ……完璧だわ。私なんて漢字の変換でつまづいたのに」
「漢字をちゃんと勉強しておけばこういう時に役立つんだよ?」
「さーて、早く家に帰りましょう」
「おい。待てって。漢字の大切さをまだ伝えてきれてない」
「あーあー聞こえなーい」
両耳を手で塞いで駆け足で家に向かうエリス。
少しずつ小さくなっていく幼馴染の背中を見つめていると親のような気持ちになった。
将来的には僕とエリスの間に生まれた子供に同じ感情を抱くと思うので、その予行練習もできてしまった。
大宮エリス、18敗目。
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