16戦目 シェイク早飲み対決
4月半ばともなると昼間は初夏の陽気になる。
朝晩は冷え込むのでそんなに薄着になれなくて、結局ブレザーを着たまま過ごすので結構暑かったりする。
「なんか今日暑いわね。朝は寒かったのに」
「今の季節は仕方ないよ」
「あっ! シェイクの新作だって。プリンとか斬新」
「フレーバーで味を誤魔化してるっていうアレか」
「夢のないことを言わないでよ」
だって事実だし。でも、香りだけで明らかに違う味だと感じるんだからその科学力だか技術力には敬意を表したい。
「ふっふっふ。いいこと思い付いた」
「絶対にろくでもないことだよね」
不敵な笑みを浮かべて新作シェイクのポスターを見つめるエリスが僕の手を取り、そのままファストフード店へと連行される。
こうやってナチュラルに手を繋ぐくせに僕の彼女じゃないのが不思議だ。
「シェイクのプリン味2つください」
「おごってくれるの?」
「ひとまず払ってあげるわ」
エリスの言葉でだいたい察した。
このシェイクを使って何か対決するつもりだ。
よほど自信があるのか、ただシェイクを飲みたいだけなのか、どちらにせよしっかり勝たねば。
「さ、いくわよ」
店員さんからシェイクを受け取り、2階のイートインスペースへと移動した。
放課後の時間帯ということもあり学生の姿もちらほら見える。
彼らの目に僕達の関係が恋人のように映っていたら嬉しいな。そんな風に思った。
「もうわかってると思うけど」
「シェイク早飲み対決?」
「そうよ」
目の前に置かれたカップは温度差で結露を起こしていた。
中身の冷たさが伝わってくる。
「星夜が負けたらシェイク2つ分の代金を寄越しなさい」
「エリスが負けたらそのままでOK」
「もちろん。大宮エリスに二言はないわ」
お金はともかく、シェイクのせいで僕の夢がついえるのはいただけない。
まずは呼吸を整えて、勢いよく中身を吸う準備を整える。
「ふっふっふ。こればっかりは星夜も勝利の確信はないんじゃない?」
「まあね。でもそれはエリスも同じでしょ?」
「ぐぬっ! だからこそこの対決なんじゃない」
ある意味で条件は公平。僕にもエリスにも有利な要素はない。
そのはずなのに妙に自信を持つのが僕の幼馴染だ。
「それじゃあいくよ。レディ………………ゴー!」
自分の合図で始まれば有利になるとでも思ったのか、ちょっとタイミングがズレてゴーサインが出た。
たしかにちょっと出遅れはしたけど、それ以上に……。
「んーーーー! んーーーーー!!」
エリスの吸い方が下手くそすぎる。
同じタイミングで買ったんだから固さは同じはずだよな?
顔を真っ赤にして深い笑窪ができるくらい思い切り吸い上げているように見えるけど、ストローには何も通っていない。
一生懸命なエリスを愛でるのも悪くないけどこれは勝負。
油断している間に負けてしまっては元も子もない。
僕は淡々と、途中で生き継ぎをしながらシェイクを飲み続けて1分ほどで容器は空になった。
「はい。飲み終わった」
「ええっ!?」
僕は手に持った容器をカラカラと揺らすと、エリスはそれを勢いよく奪い去った。
「うそ……本当に空だ」
「むしろエリスは何をそんなに苦労してるの?」
「だってこれ、めちゃくちゃ冷たくて重たくない?」
「まあ、シェイクだし」
シェイクっていそういう飲み物だよな?
実は僕とエリスで持っているものが違うとか?
「ちょっとこれ飲んでみなさいよ」
さっきまで幼馴染がくわえていたストローを強引に口に挿入され、反射的にそこからシェイクを吸ってしまう。
中身は間違いなく同じプリン味のシェイクのはずなのに、今の僕の脳はプリン味どころではない。
「むぅ……ちゃんと飲めてるわね」
「ぷはっ! でしょ? とにかくこの対決は僕の勝ちでいいね?」
「仕方ないわね。不正はなかった」
エリスは何も気にすることなく同じストローでシェイクをちょろちょろと飲み始めた。
ストローに詰まっていたものを僕が吸い上げたのか、さらに時間が経って柔らかくなったのか、なんにせよエリスも新作シェイクを堪能できたようだ。
これが間接キスになっていることに幼馴染は気付いていないようなので黙っておいた。
嬉しい体験ができたと同時に、男として全く意識されていない可能性にほんのちょっとだけモヤっとした。
大宮エリス、16敗目。
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