14戦目 猫に好かれる対決

 エリスを100回負かせるまでの道のりはまだまだ長い。

 1日で何度も勝負することも考えたけど、反対に何もない日があってもいい。

 僕はそんなふうに考えていたんだけど幼馴染は案外勝負に乗り気らしい。


「星夜、あの猫ちゃんにジャッジをお願いしましょう」


 エリスが指差すその先には、塀の上で昼寝をする一匹の猫の姿があった。

 野良猫にしては丸々と太っていて、もしかしたらこの近隣の家を転々としている町猫なのかもしれない。


「猫にジャッジって……頭大丈夫か?」

「大丈夫に決まってるでしょ! そんな冷たい態度じゃこの勝負は私がもらうわよ」

「一体どういうことだよ」


 頭が残念なところも含めて僕はエリスが好きなんだけど、さすがに訳がわからない。

 相変わらず自分から勝負をけしかける時の謎の自信に満ち溢れた表情を堪能しつつ僕は質問を続ける。


「それでどんな対決をするの?」

「ふっふっふ。聞いて驚きなさい。猫に好かれる対決よ!」


 両手を腰に当て『どうだ!』みたいな顔をされてもリアクションに困る。

 タイトルからだいたいの内容は予想が付くけど、果たしてそれは勝負として成立するのだろうか。


「あの猫ちゃんが近寄ってきた方が勝ちよ。星夜みたいにいつも私にマウントを取る冷徹な人間に勝ち目はないわ」

「数学の宿題を教えてやった人間を冷徹とな?」

「そ、その節とこの節は別と言うか……はは」


 もちろんこれからもエリスをおちょくりつつ、僕が手伝えることがどんどんサポートして2人の未来を支えていくつもりだ。

 だけど、そんなことを言えばエリスはどんどん調子に乗ってダメ人間になってしまう。

 本心を隠しつつ、マウントを取れる時にはどんどん取っていくぞ。


「そもそも野良猫って警戒心が強いから決着が付かないんじゃないか?」

「大丈夫よ。なんか私をじーっと見つめてるから心を開いてくれてる」

「そうか?」


 むしろ目の前にいる女の子が高校生か小学生か判断が付かず警戒しているように見えるんだけど。


「ほら、猫ちゃん。こっちにおいで~」

 

 甘えた声で手招きをするエリス。

 僕が猫なら間違いなくその手に抱かれ胸に飛び込むところだ。

 うむ。たしかにこの勝負、エリスの方が有利だな。


「あれ? 全然近付いてこない」

「だろ。あの太り具合だと誰かにエサを貰ってそうだから、その人にしか近寄らないんじゃないか」


 と、言うわけでこれは勝負を仕掛けたエリスの負けということで。

 そんな提案を口に出そうとした時、猫が塀から降りてこちらにジリジリと近寄ってくる。


「ほら! 私の気持ちが通じた!」


 そんなまさか!

 一歩ずつ近付いてくる敗北の気配に冷や汗が出てきた。

 まさかエリスにここまで追い詰められるなんて。

 僕の想いはこの猫によって絶たれてしまうのか。

 何か手はないか? ダメだ。動物相手に小細工は通用しない。


「……え?」


 猫は僕の足に頬擦りをしている。

 手入れされていない毛がスラックスに付くのはいただけないけど、これってもしかして……。


「僕の勝ちってことでいいのかな?」

「な、な、な……んで」


 エリスは口をパクパクさせている。

 本当になんでかは僕にもわからない。だけど、エリスが提案した対決に勝ったのは僕であることは揺らぎない事実だ。

 ジャッジを猫に任せたのもエリスなんだし文句はあるまい。 


「あ、そう言えば、動物って寂しそうな人に寄ってくるらしいわよ。この子、優しいのね」

「え……」

「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて……」


 エリスとの対決には勝ったけど、なんだかもっと広い視点で見ると負けた気が……いや、負けてない。

 僕は勝ったんだ。エリスと恋人になるための一歩をしっかりと踏み出したんだ。


 大宮エリス、14敗目。

 ※目白星夜は決して負けていません。

 

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