10戦目 数学対決

 高校生というのは案外忙しい。

 朝から夕方まで授業を受けて、その後は部活やバイト。

 帰宅したら宿題があったりもする。

 こんな状況で自分の趣味に時間を費やすには効率よく宿題を終わらせるか睡眠時間を削るしかない。

 

 僕は前者だ。集中して授業を受けて、その日のうちに復習をして理解を深めておく。

 そうすればテスト前になって慌てることなく得点アップのための勉強ができる。


 一方、僕が想いを寄せる幼馴染はそんな風にはできなくて……。


「あの……星夜さん」

「ん?」

「この問題を教えていただけないでしょうか?」


 普段では考えられないほど礼儀正しく、元から小さい体をさらに縮こまらせ平身低頭で僕の机にかじりつく。

 そしてスッと差し出したのは次の数学の時間に提出する宿題のプリントだ。


「真っ白だね」

「はい」

「昨日はずいぶんと早寝だったみたいだけど」

「はい」


 隣の部屋の電気が消えたのは21時頃だっただろうか。

 寝る子は育つと言うし、きっと宿題を終わらせてしっかり睡眠を取るのだと思い特にアクションは起こさなかった。


「あのですね。この問題を教えてくださったら、星夜さんの1勝というのはいかがでしょう?」


 漫画に出てくるような権力に屈する商人のように手でごまをすりながら、エリスは僕に気味の悪い笑みを浮かべる。


「うーん。どうしようかな」

「数学対決ということでここは一つ。私の負けで構いませんので」

「……よし。わかった。それで手を打とう」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 こいつにプライドはないのかという勢いで机に頭をこすり付ける。

 もはや僕が悪者みたいに見えてくるので勘弁してほしい。


「はい。もう時間がないから写していいよ。ただし、適当なところで間違えるように。エリスが全問正解なんてありえないんだから」

「ちょっと! それはひどくない?」


 エリスが急に態度をひっくり返したので差し出したプリントをすっと引っ込めた。


「申し訳ございません。星夜さんの仰る通りでございます」

「わかればよろしい」


 大宮エリス、10敗目。

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