9戦目 綺麗な丸対決

「星夜、綺麗な丸対決をしましょう」

「はい?」


 突如持ちかけられた謎の対決に僕はあっけに取られてしまった。

 あまりに内容が謎過ぎてどちらにとって有利な勝負なのかもわからない。

 まさかそんな単純な内容じゃないだろうし。


「ふっふっふ。混乱してるわね。そうでしょうそうでしょう。だって私が今生み出した対決なんだから」

「綺麗な丸を描けた方が勝ちとか、そんな感じか?」

「ぐぬっ! やるわね。この数秒で勝負内容を察するなんて」

「いや、まず思い浮かぶ内容なんじゃないか? まさかこんな単純とは思わなかったけど」


 エリスは、やられたっ! みたいな表情を浮かべている。

 まだ対決してないけどこれはもう僕の勝ちってことでいいんじゃないかな。


「勝った気になってもらっては困るわ。勝負はやってみるまでわからないもの」

「そんなに丸を描くのが得意なのか? 自己採点の時に丸を付ける機会が少ないくせに」

「それとこれとは話が別だから!」


 勉強から話題を逸らせたいのかエリスは慌ててケースから1本のペンを取り出す。

 何の変哲もない普段から使っていると思われるシャーペンだ。


「相変わらずシンプルなやつ使うよな」

「こういうのは使い勝手が1番でしょ。キラキラしてるのだと手に合わないのよ」

「その発言だけ聞くと勉強できそうなに……うぅ」

「私は使う道具に左右されない人間なのよ」

「成績が良い人間が言ったらカッコいい台詞なのにな」


 我が幼馴染ながら実に残念だ。

 表情と言葉はキマっているのにその中身が伴っていない。

 僕からの追及から逃れようとエリスはさらにカバンからルーズリーフを2枚取り出した。


「さ、先行と後行どっちがいい? 選ばせてあげる」

「なんでそんなに得意気なんだよ」

「強者の余裕ってやつ?」

「そうか……」


 ルーズリーフのように平らな胸を強調しながらエリスはなぜか余裕の表情を浮かべている。


「じゃあ先に描かせてもらおう」

 

 先に綺麗な丸を描けばエリスにプレッシャーを与えられる。

 僕はそう判断した。


「よし、それじゃあ」


 エリスからペンを受け取り、ルーズリーフの端をしっかりと押さえて遅すぎず速すぎずのペースで丸を描いていく。

 あまり慎重になりすぎても歪んでしまうし、手早くてもズレてしまう。

 たぶん人生で1番緊張する丸の時間だと思う。


「できた」


 我ながら綺麗に描けたと思う。

 線の歪みも少なく、半径も一定になっている。


「や、やるじゃない」

「でしょ? 降参してもいいんだよ」

「見くびってもらっては困るわ。ここから逆転してこその有終の美よ」

「ちょっと意味が違う気がするけどすごい自信だね」

「まあ見てなさい」


 僕からペンを受け取ると迷うことなく丸を描き始めた。

 どこからか湧いてきた謎の自信に裏打ちされた綺麗な線だ。

 マズい。このままだと負けてしまうかもしれない。


 せっかくここまで勝利を重ねてきたのにこんな簡単な勝負で終わってしまうなんて……。

 ちょっとズルかななんて思いつつ、僕はエリスの耳元にそっと顔を近付けた。


「へえ、うまいじゃん」

「ひゃあっ!」


 息を吹きかけるように耳元でそっとささやくとエリスは体をビクッと反応させて、それに釣られてペンを持つ手も大きく動いた。


「あー、ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど。どう見ても僕の丸の方が綺麗だね」

「ぐぬぬっ! これが狙いで先行を選んだのね」

「なんのこと? 僕はただエリスの丸の綺麗さに感心しただけだよ」

「うぅ……そういうことにしといてあげるわ。でもいつか必ずあんたを負かすからね!」


 妨害されたらやり直しとか細かいルールは聞かされてなかったけど、どうやら1回勝負だったらしい。

 こういう詰めの甘さを僕に突かれるんだぞ。

 なんてことは口にせず、目の前で悔しがる幼馴染を見つめてニヤニヤするのだった。


 大宮エリス、9敗目。

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