2018年8月30日

 僕らの学校、私立平城学園高校は、放課後に自習ができる場所がいくつかある。その中の一つ、食堂は教え合い(と称したおしゃべり含む)ができる、出入り自由、パック含め飲み物持ち込み可という最高の環境だ。なので生徒は部活までの時間たむろする、勉強と称して世間話に花を咲かせる、まじで勉強するなど色々な用途で使用していた。

 が、夏休み前に生徒の使い方が酷すぎるということで無期限使用禁止になった。


 「うわ、最悪やなんか内部おる」


そんなことをぼやきながら、僕は朝早くの地獄坂を登っていた。いつものこの時間は朝練がある野球部ぐらいしかいないのだが、どうしてか今日は僕の前にわいわいしながらちんたら登っている内部生がいた。遅いと腹が立つので狭い地獄坂の中の比較的開けた場所で内部を抜いてさっさと山を登った。


 朝から気分悪いなぁと思っていたが、1時間目は大好きな世界史だったので気持ちを切り替えてレクチャー教室に向かった。1番について世界史の準備をしていると、武島さんが何故か現社の問題集を見ながらやってきた。


「あれ、やっぱ奈良県立現社で受けるん?」

「そうやねん。やから現社やらなあかんくて」

「世界史にせんの?」

「ちゃうねん聞いて、あのな、奈良県立現社で受けても結局私立だいたいどこも世界史でしか受験できへんから結局世界史やらなあかんねん」


え、じゃあ世界史に絞ればええやん、と思ったが、本人は至って真剣に言っているようなので余計なことは言わないでおいた。


 授業は楽しく終わったが、今日は世界史で間違えてしまった。散々斎藤さんを煽った以上こんな体たらくではいけない。記述模試までにもっと復習せな。

 そう決意しながら武島さんや立花さんと一緒に教室まで戻った。帰る途中、そういや2人は一昨日開催された推薦入試ガイダンス受けに行ったんやな、ということを思い出し、どうだったか聞いてみた。僕は行くか迷って結局行かなかったやつだ。


「いやなんかガイダンスめっちゃ脅しきつかったで。人間関係めちゃくちゃなるとか言われて」

「がち?そんなん言われるん」

「しかも校内選考でパワポ作らなあかんらしくてさぁ」

「それで時間もったいないとか言ってやめるやつ多かったよな」

「まぁそれでも受ける言うてるやつもおったけど結局残ってたのだいたい私文やしな」

「2人は受けるん?」

「そら受けるよ三教科やしな」


だいたい私文しか残ってない中で受験しようとしてる国文2人の異端児ぶりに驚きつつ、てか和大言うたり奈良県立言うたり浮気しすぎやろ、と思っていたら教室についたので、立花さんと別れてJに戻った。


 今日は階段の掃除当番だったので帰る支度をするのが遅くなったが、みんなJに集合していた。


「おー、お前掃除やったんか」

「綾辻さん。そうやねん。あ、てか待って。今ならいける数学教えて」


食堂が使用禁止になったため、数学を教えてもらえなくなった僕は危機に陥っていた。とにかく時間を見つけて理系に教えてもらわないと、二学期の単位が取れずに終わってしまう。そうなると卒業できない。

 今日は午前中授業だったので、しばらく教室が昼食用に開放されていた。食堂に行くまでの時間潰しついでに、綾辻さんを捕まえて数学を教えてもらった。


 「そろそろ食堂空いたんちゃう?行く?」

「そやなぁ行こか」


という話になったのでぞろぞろ食堂に向かったのだが、思いのほか混んでいた。人数的に2つの机にに分かれて座らざるを得ず、適当に別れて座った。


「ベルリンの壁やなぁ」

「え?何が?」

「分断されてるやん」

「あぁそういうことね」


綾辻さんとそんな話をしつつ、そういや今日残ってる世界史選択僕1人やん、ある意味僕がベルリンの壁では、などと訳分からんことを思いながらごはんを食べた。


 ご飯を食べ終わってしばらく談笑していると、小野寺さんと齋藤さんが通りがかった。


「あ、お前らおったんか」

「テッラーと齋藤やん」

「ちょお聞いてや結璃、あのな…」


小野寺さんと丹波さんが話し始めたので、僕は齋藤さんに話しかけることにした。


「2人ともどこおったん?」

「食堂おるのはおったで。別のとこで食べてた」

「あね」


しばらく綾辻さんも交えて話していたのだが、小野寺さんが


「依澄帰るで」


と彼女を呼んだので、2人は先に帰っていった。


 それからしばらく理系はおしゃべりしていたが、僕にはなんの話なのかわからなかった。多分理系の話だろう。話に入れない僕はまだ食堂が昼食用に開放されているので、本当は禁止されているが帰るまでダラダラだべっている理系の横で綾辻さんに教えてもらった残りの数学を始めた。案の定分からなくて困っていると、今日は葛城さんが教えてくれた。やっぱり理系がおるとなんでも解決する。すごい。どうやら綾辻さんより画期的な方法で教えてくれたらしいが、僕にはあまり伝わらなかった。ごめん。


 ある程度数学のやり直しが終わったところで、息抜きがてら他の人何してるんかな、と覗くと、いつのまにか綾辻さんが化学のノートを見ていた。どうやらベンゼンの勉強をしているらしい。


「あ、パラヒドロキシアゾベンゼンやん」

「え、なんで知ってんの」

「お前文系やん」


思わずつぶやくと、丹波さんや宮ノ下さんに突っ込まれた。2人のツッコミは最もだ。僕はベンゼンなんて習ったことがない。ただ世界史のプリントを取りに4階の棚を覗いたとき、たまたま理系用のベンゼン暗記プリントを発見して、なんかおもろそうやから暇つぶしにやろ、と持って帰ってきた。そして暇つぶしに暗記した。なのでプリントに載っていたベンゼンは一通り暗記したという次第である。それを一通り説明すると、


「お前暗記だけはできるもんなぁ」


と丹波さんに言われた。


 「ちょっと宮ノ下に覚えてるか問題出してみてや」


綾辻さんにそう言われ、僕は適当に名前がおもしろかったベンゼンを挙げた。が、何一つ宮ノ下さんは覚えていなかった。


「え、宮ノ下お前理系やろ」

「まだ語呂合わせ全部作ってないから覚え切れてないんや」


宮ノ下さんは暗記が苦手なようで、化学や物理の暗記部分を下ネタ等に結びつけて語呂合わせにして覚えていた。丹波さんや綾辻さんには、


「その語呂合わせ作ってる時間が無駄」


と正論を言われていた覚え方だ。僕は化学も物理も出来ないので何も言えないが、そのまま暗記した方が早いんちゃうかなぁ、とは思っていた。


 「え、ちょっと待ってなんやっけ。ここピクリン酸?」

「そこ安息香酸ちゃん?」

「なんで文系の方が覚えてんねん」


しばらくこんなやりとりをして、僕はふと、この人小中で習うような基本知識も覚えてないのでは、と思った。なので、


「え、じゃあさ、全然関係ないけど広島に原爆落とされた日いつか覚えてる?」


と聞いてみた。


「えーと、なんだっけ。えぇ、ほんとに覚えてない」

「せめて月だけでも」

「えぇ?そんなんやってない…4月?」


みんな絶句した。


「え、嘘やろ。正気?」


僕が聞くと、


「いやこれはあたしが理系やからしゃあない」

「じゃあ理系にするわ。原子説唱えた人は?」

「え、それも歴史」

「いや理系やったらやってるやろ」

「いやそんなの知らない。習ってないでしょ?」


流石にみんなざわざわし出した。丹波さんが、


「じゃあ終戦の日は?」


と聞くと、


「えーと、8月7日?」

「さっき長崎8月9日言うたやん」

「なんなん宮ノ下さん理系ちゃうん?!」


思わず僕が激昂しそうになると、綾辻さんが


「まあまあそんな言うな。また半泣きにするやろ」


と宥められた。宮ノ下さんには


「でも宮ノ下も終戦の日ぐらい覚えとけよ」


と付け加えていた。


 そろそろ食堂が閉まるということで、今日は5人で下山した。駅についてしばらくお喋りしたが、綾辻さんの電車が来たのでお開きになった。僕は綾辻さんと丹波さんとは電車の線や方面が違うので、同じ方に進む宮ノ下さん、葛城さんと一緒に帰った。


 帰りの電車内で葛城さんは宮ノ下さんに


「家族の誕生日は覚えてるん?」


などと聞いていた。本気で疑問なのかただいじってるだけなのかは分からないが、僕も彼女は本当に大丈夫なんかな、とは思った。

 みんなは最寄り駅で降りていき、僕は図書館で勉強して帰った。明日も楽しく変なことしよう。

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変人たちのよくある愉快な日常 大鑽井盆地 @anboinaziken

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