2018年5月7日

 僕らの学校、私立平城学園高校は、キリスト教主義を掲げている。宗派はプロテスタントカルヴァン派だ。教員や生徒がキリスト教徒であるかどうかは問われないが、一応礼拝の時間や宗教の時間が時間割に組み込まれている。


 「いやぁやっぱし山寒いな。冬服にして正解やわ」


そんな独り言を言いながら、いつも通りめっちゃ早く学校に来た僕は、やらなくてもいい世界史の勉強をしようとしていた。するとそこにいつも通り河合さんがやってきた。


「おはよう。昨日模試の結果を見たんだけど、成績的に信州大になりそうな気がするんだ」

「そうなん?信州大てここから通われへんよな」

「まぁそうなんだけどね、ただまぁ私のやりたいことが…」


河合さんのマシンガントークが始まってしまった。彼女はそのまま、今日の霧がいい感じだとか、扇がどうのとかの話をしてさって行った。相変わらず個性的な話だ。


 今日は学年全体で行う合同礼拝があったので、チャペルに移動した。草本先生のめちゃめちゃ美声な讃美歌が面白くて必死に笑いを堪えながら歌ったものの、その後のLHR中も思い出しては笑いそうだった。僕の横では、東野さんがずっと寝ていた。彼女はかくんかくんして僕にもたれそうになったらはっと目を覚ます。気になるのでいっそもたれてくれた方が楽やなぁと思いながら先生の話を聞いていた。そしたら中村さんが表彰されていた。めでたい。


 今日は世界史の追試があるらしく、みんな必死に勉強していた。もういっそ僕が受けに行きたい、などという話を増本くんとしつつ、僕はみんなが合格したかもしくはもう終わっている数学の終礼テストのやり直しをしていた。僕は数学が大の苦手で、終礼テストの勉強はいつもしない。してもしなくても欠点だからだ。やり直しをするまでがいつもの僕の課題なのだが、1人では何もわからないので、基本誰かに教えてもらっている。今回は立花さんがやり直しを終わらせたプリントを借りて答えを写していた。


 昼休みになんとかやり直しを終わらせた僕は、平上先生の提出箱を探していた。立花さんに、


「やり直し終わったら出しといて〜」


と言われていたからだ。ちなみに平上先生とは、教え方がわかりやすいと評判の数学の先生だ。僕は持ってもらったことがないし、数学ができなすぎて正直何がわかりやすいのかわからないが、とにかくいい先生らしい。仕事熱心すぎて、学校に泊まってるだの学校のセキュリティを突破して侵入してるだのの噂が飛び交っている、ストイックな先生だ。


 そんなわけで必死に提出箱を探していたが、一向に見つからない。そのうちに立花さんに会った。


「あ、ちょうどよかった。お前終礼テストのプリントまだ持ってる?」

「え?あるで」

「ちょっと人に貸さなあかんくなってさ、もう使わん?」

「使わん返すわ。ありがとう」

「ええよええよ、じゃあな〜」


 僕の提出箱探してた時間はなんやったんや、と思ったがやることがなくなったので、廊下に出たついでに関関同立模試の申し込みのプリントを取りに向かった。平城学園は高3生にだけ、いろんな模試の申し込み用紙や入試対策のプリントを置く棚を4階の廊下に設けてくれている。


 プリントを取って教室に戻ろうと方向転換すると、目の前で宮ノ下さんが女子高生をおもいっきり蹴ってトイレに入っていった。僕は何事かとびっくりしすぎて声も出なかったが、聞くところによると外部理系の中で1番賢いクラスのF組はとても仲が悪いらしい。やからってこんなに殺伐としてるもんなんか、と戦慄しながら急いで安心安全の文系がたくさんいる3階へ戻った。


 午後は授業の代わりに立会演説があったが、内容は面白くなくて特に覚えていない。ただ観覧席の仕切りを普通に飛び越えていった東野さんがかっこいいなぁと思いながら見ていた。


 やっとみんなと食堂に行けると思ったら、今日は模試の問題が返される日だった。


「うわ終礼長なるなぁ」

「ほんまに。自己採したいしはよ終わってほしいなぁ」

「それな。夏野話長いんよな」


などと隣の席の人と話していると、まさかの芸術鑑賞会の能を体験する人を決めることになった。そしてなぜか河合さんが体験することになった。まぁ似合っていると思う。


 やっと終礼が終わり、みんなと食堂で自己採点会を開催した。しかし僕は散々な結果でショックを受けていた。


「この世の終わりや…世界史やばかった」

「お前の世界史やばいやばかったことないやろ」

「とか言うて。齋藤さんはなんぼやったん?」

「いやなんか国語は覚醒してたけど…」


見せてもらうと国語が9割もあった。強すぎやん。僕が間違えた世界史の問題も齋藤さんはあっさり教えてくれて、僕はますますショックを受けてしまった。


 「な〜サッチャー勝負しようぜ〜」


落ち込んでいると、立花さんに声をかけられた。彼女は僕のことを何故かサッチャーと呼ぶ。僕は鉄でもないし女でもない。


「いや賢いKクラスにアホのJが勝てるわけないやん。絶対数学とか勝てんから世界史とか国語やったらいいよ」

「そんなこと言うて〜。まぁまぁやろや。とりあえず政経からな」


結果、英語以外僕が勝っていた。政経は一緒やったけど。どうした賢いKクラス。


「サッチャーすごいやん〜世界史以外もできてるやん」

「ありがとうやけど大問題やない?」

「自分今回国語よかったわ」


 立花さんとわいわいしていると、丹波さんがそう言って話しかけてきた。点数を見せてもらうと、あわや負けそうだったが何とか勝っていた。理系に国語で負けたら文系には何も残らん。


 珍しく学校にいる小野寺さんは、点数こそ見せてくれないがなんか大丈夫じゃなかったようだ。精神的にダメそうだった。


 僕が励ましたところで彼女には何も効果がないので遠くで見守っていたが、ふとそういやこの場に残ってる人間を考えたら、ついに初めて小野寺さんと河合さんがエンカウントしたんか、と僕は少し感動してしまった。この出会いはきっとわけのわからん化学反応を起こすに違いない。


 今日はみんな6時で帰って行ったので、丹波さんと2人で残って自己採点を続けていた。結局採点が終わり切ったのが僕しかいなかったが、まぁみんなそのうち終わらせるやろう。閉まらないロッカーを無理矢理閉めてもらって丹波さんと一緒に下山した。明日も楽しく変なことしよう。

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