2018年8月20日

 僕らの学校、私立平城学園高校は、校歌で丘と言い張っているが山の上にある。最寄り駅から道と地獄坂を20分ほど歩くと山の上に到着する。駅からそんな距離に山があるということは、駅周辺がすでに都会ではないことが想像できると思う。そして、そんなぎりぎり都市と呼べそうな最寄り駅を寝過ごすと、そこから先の駅は本格的に山の中の駅しかない。


 うだるような暑さの夏休み、相変わらず家が嫌いな僕は朝早くから学校に向かっていた。受験生なので電車の中でも勉強を、と言いたいところだが、僕は乗り物酔いが酷くて乗り物の中で勉強があまりできない。もともとアホみたいな時間に起きて電車に乗っていることも相まって、1時間の通学路は完全に睡眠時間と化していた。基本最寄りで起きるように体内時計ができてはいるものの、睡眠不足が続けば、当然寝過ごすこともある。


 「えっ、どこやここ」


というわけで寝過ごした。目が覚めたら見覚えのない駅で「扉が閉まります」というアナウンスが流れていた。反射的に寝過ごしたのだと思い、スマホで電車の時間を調べた。自慢ではないが僕は寝過ごし慣れている。前降りたことある駅はおもろないなぁと思い、ぎりぎり乗り換える時間の取れそうな万草駅よろづぐさえきで降りることにした。


 あとは乗ってるだけやわ、と思い気を抜いていたが、実はこの電車ちょっとだけ遅れていた。後々それに気づいて若干焦り出したものの、電車の速さは自分でどうにもできない。やっと駅について、焦りながらホームに降りると、今度は出口がわからなかった。こんな山の中の駅にほぼ始発みたいな電車でやってくる人はいないので、誰かについて行くこともできない。唯一あった地下に降りる階段には、僕の行きたい渡辺方面ではなく、反対の空深山そらみやま方面と書かれていた。ということは、もしかしたら反対ホームに出る階段でなく、改札を出る階段かもしれない。僕は、


「これ降りてちゃうかったら電車間に合わんよな。しかもお金払わなあかんかったらやばいし。どうしよ」


とだいぶパニックになっていた。反対ホームにはおばあちゃんが1人だけなので助けてもらえそうもない。とそのとき、踏切の音が聞こえてきた。僕は何を思ったか徐に音の聞こえるホームの端まで走っていき、これ線路渡れるな、と思った。そして血迷った僕は荷物を下ろした。それから、線路に降りた。荷物を抱えて線路の上を反対ホームまで走り、えっリュック開いてるなんで、と思いながらさあホームに登ろうとすると、今度は意外と高くて登れない。身長はそこそこある方なのだが、手の力が足りないのか足がぎりぎり足りないからか何度試しても登れそうもない。そのうちにいよいよ遮断機が降り始めた。


「えっ電車くるくない?え?」


僕はもうパニックでしかなかった。やばいしか頭になかった僕は、もうとっさに近くにあったよくわからないに信号のようなライトのようなパーツにごめんなさいと思いながら足を引っ掛け、ホーム端の柵に手をかけて無理やりよじ登った。直後、さっきまで僕がいた場所を電車が通り止まった。


 おかげで目が覚めた、と思いながら何事もなかった風を装い電車に乗り学校に向かったが、地獄坂を登っている途中で、


「え?これ犯罪やったのでは?」


と思った。ちなみにさっきからちょいちょい独り言が多いが、僕は1人のときガンガン独り言を言うので気にしないでほしい。冷静になって初めて自分が犯罪者になったのでは、と不安になり始めた。


 学校に着いて調べてみると案の定犯罪だったのだが、最初に会った河合さんは真面目なので、この話をすると怒られるのではと思った僕は何も話せず、いつも通り河合さんのよくわからない話を聞いて別れた。ちなみに今回は歯磨きとか睡眠とかで健康志向を心掛けていると言う話だったが、それどころでない僕はあまり聞いていなかった。


 とりあえず1時間目の現文の教室に行き荷物を置いて待っていると、丹波さんが来た。ちょっと後に立花さんも来たので、2人に今朝の顛末を話すと、


「何してんや」


と言いながら笑われた。


 少し気が楽になった僕は、2時間目の生物の補講をボイコットして、トイレではたらく細胞の最新話を見ていた。生物の勉強をしているので問題ないと思う。


 昼休み、ご飯を食べにさっきの2人と食堂へ向かうと場花さんと菊くんに会ったので、2人にも顛末を話した。場花さんには、


「アクロバティックな朝を過ごしてる」


と言われ、菊くんには爆笑されながら、


「何してんの!」


と言われた。さっきからどいつもこいつも身内が犯罪を犯していることに対するリアクションが軽すぎる。一周回って僕ももう笑い話やなと言う気持ちになり始めた。


 他の人おらんのかな、とみんながごはんを食べている間に教室を覗きにいくと、お弁当を持ってきてないのに財布を忘れたと言う宮ノ下さんに会った。彼女にもおもろい話やでと前振りして事の顛末を話すと、


「それおもろい話てか怖い話やんけ」


と言われた。唯一ちょっとまともっぽいことを言われたな、と思った。


 その後数学の時間に爆睡し、英語の時間も若干寝ながら受けて、放課後立花さんと大学の話や僕が俗世間からどんどん断絶していってるみたいな話をして帰ってきた。僕と立花さんは家の最寄り駅がほぼ一緒なので、たくさんおしゃべりして帰って来れて嬉しい。僕が犯罪を犯した話は「万草事件」として後々ちょっと有名になったりネタにされたりするのだが、それはまた別の機会に。明日も楽しく変なことしよう。


(線路に降りたり無賃で乗り過ごした電車から引き返したりするのは普通に犯罪なので決して真似しないでください。このお話は準ノンフィクションです。)



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