2018年8月25日

 僕らの学校、私立平城学園高校は、関西の大都会の中のど田舎の市の山の上にある。そんなわけで、学校以外でご飯を食べようと思うと、山を降りなければならない。でも、山を降りたところで田舎なので、駅前以外で早々食べ物屋は見つからない。駅前にもあまりないが。つまり、平地の学校のように一旦近所でご飯を食べてから学校に戻ってくることができないのである。いや、正確に言えば可能だが、誰も1日に2回も山を登りたがらない。


「やからな、アンパンマンって…」


 夏休みが終わり、始業式である。僕はいつものように、教室で河合さんのお話を聞いていた。彼女は夏休みに一悶着あったのだが、それはまた後日。とかく僕は悶々としていたのだが、彼女はいつもと変わらずよくわからない話を勝手に進めていく。彼女は本当に人の話を聞かない。悪口でなく。


 始業式が滞りなく終わり、長い長い担任の終礼がようやく終わると、廊下にみんなが大集合していた。


「おーやっと終わったんか、久しぶりやな」


綾辻佳純あやつじかすみだ。彼女は肺を患って、夏休み中ずっと東京の病院で入院していた。お見舞いに行きたい気持ちはあったが、なにせバイトもしてない高3生、金銭的にも時間的にもそれは叶わなかった。そんなわけで、彼女とは久々に顔を合わす。


「もう大丈夫なん?」

「とりあえずはな。お前らが毎日学校で勉強してる間、私なんもできんと肺で苦しんでたわ」


彼女のジョークである。一般人にはさぞ笑いにくかろうが、なぜかこの集団、病気持ちが多い。だからなのか狂った奴が多いからか、こんな話を平気で笑って繰り広げる。


 立花さんと武島さんは志望校を決めたらしく、先生に報告しに行くとかで別行動になった。だけれどせっかく久々にこんなにみんな揃ったんだから、ごはんでも行こうかという話になった。ちょうどお昼時だ。


 大所帯でぞろぞろと山を下り始めたのだが、ただ山を下るのは面白くないので、僕は坂を下るかなり早い段階で宮ノ下さんの財布をすった。彼女とはいつも図書館で勉強して、お昼も一緒に摂ることが多いので、財布の場所も知っている。僕が財布をとっても、彼女はそういうポジションなので、みんな誰も怒らない。むしろ笑っている。僕は急いで後ろにいた女性陣にその財布をパスした。


「いつ気づくやろな」

「てかカバン空いてるまんまやん」

「やば。僕閉めてくるわ」


小野寺さんと丹波さんに指摘され、僕は慌ててカバンを閉めに行った。いきなりカバンを触ったら、もちろん気づかれる。


「ちょ、何してるん」

「ちゃうてちゃうて、カバンチャック開いたまんまやから閉めたろ思て」

「あぁ、気づかなかったよ。ありがとう」


彼女はちょくちょく標準語だ。その理由も知っているのだが、今回は割愛しよう。そんなことよりカバンを触ったのに、財布がないのに気づかれなかった。


「なぁ彼女気づかんかってんけど」


振り返ると小野寺さんと丹波さんが爆笑していた。僕もつられて笑ってしまったので、前を歩いていた綾辻さんや河合さんが不審そうに振り返った。



 結局駅に着いてしまったのに、とうとう宮ノ下さんは気づかなかった。このまま改札を抜けてしまってはまずい、ということで、駅前で話し合いが始まった。


「宮ノ下、お前なんか変わったとこない?」


小野寺さんが聞くと、宮ノ下さんは流石に悟ったようで、持ち物を確認し出した。


「おい誰やあたしの財布とったやつ」


全員爆笑している。前を歩いていた他のメンツには坂の途中で事情を説明しておいた。丹波さんが、


「じゃあ逆にこの中で誰が持ってると思う?」


と聞いた。宮ノ下さんは、


「小野寺さんかお前」


と僕を指差した。


「えぇなんでなんで!僕なんもしてないやん!」

「いやお前ら2人はいっつもなんかしてくる」

「してないやん〜」


と言ってはいるものの、事実僕ら2人はしょっちゅういろんな人にいたずらを仕掛けるので、その点に関する信用はまぁあまりなかった。しょうがない。小野寺さんは爆笑している。さっきからこの人ずっと笑ってないか。


「葛城さんは絶対違うねん。綾辻さんも多分やらんやろ…」


彼女の推理が始まった。ちなみに葛城紫苑かつらぎしおんとは、理系のめっちゃ賢い女の子である。リケジョである。中性的なので性別どっち?問題がよく僕らの中で巻き起こる。薬学部志望で医療系に詳しいので、いつも綾辻さんと一緒にいるが、僕とは接点があまりない。綾辻さんとあまりに一緒にいるせいで、僕らの中では「綾辻と葛城は付き合っているのでは?」問題がよく話題になっていた。


「河合さんはあたしをそういう扱いせんねん。丹波さん意外と怪しいな…」


まだやっている。なかなか当たらないなと思っていると、先に帰ったはずの及川琥珀おいかわこはくと場花さんに会った。


「あれ、2人とも先帰ったんじゃないん?」

「いや本屋におってんやん。てかお前らこそまだ帰ってなかったん?何してんの?」


 2人とに事情を説明して、しばらくはみんな宮ノ下さんの推理を待っていたが、全員飽きてきたのとお腹が空いたのとで、ネタばらししてさっさと終わらせようということになった。


 丹波さんが財布を返して、宮ノ下さんが「えぇお前やったん?!」と言いかけたのを遮って、


「いや最初に取ったのは僕。適当に後ろの女子に回した結果やな」


と笑いながら言った。宮ノ下さんにしばかれた。彼女はよく手が出る。いやまぁ大体僕が悪いのだが。


 帰る人は帰り、塾に行く人は行き、さあ残ったメンツでどこへ行こうかという話になった。が、宮ノ下さんはそばアレルギーである。学校の食堂でうどんを食べたら、そばとうどんが別茹でじゃなくて倒れて救急車で搬送されたらしい。なので食べるものが限られてくるが、6人もいる上、駅前の店は狭い。あと大体行き尽くした。どうしようかと話し合った結果、なんやかんやで一駅歩くことになった。なぜかはわからない。なぜかはわからないことがこの集団内ではよく起こる。


 さて炎天下である。ものすごく晴れている。暑い。歩き出して早々全員が後悔した。それでも最初はまぁ楽しかったのだ。多分なんかありそうという期待を胸に歩いていた。けれど歩けど歩けど店はない。地図を読むのが得意な丹波さんに全て任せていたのだが、一駅先まで来たのに店はなかった。いや正確にはくら寿司があったらしい。通り過ぎている。


「なんで結璃言わんねん!」

「いやちょっと駅行く道から外れるから…」

「どうするんお腹すいたでぇ」


小野寺さん、丹波さん、及川さんが言い合いつつ、どうしようもないとなってしまっていたとき、宮ノ下さんが、


「さっき通ったうどん屋そばやってるけど別茹でできるか聞いてみる」


ということで引き返し、別茹でが可能とのことだったので、僕らはようやっとごはんにありつけた。


 クーラーの風が心地いい。生き返る。もう全員疲れ果てて喋る気力も失っていた。食べるだけ食べてさっさと解散した。みんなの心の中には、もう2度と一駅歩いて食べになんか行かん、という気持ちが強くあったろう。僕も夏場は遠慮願いたい。


 そこからまた一悶着あったのだが蛇足になりそうなのでやめる。明日も楽しく変なことしよう。

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