青信号と蛙の声 2

 風呂上がりに、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュっとやって、グビっとやる、この瞬間がサユミにとって至福のひと時であった。別にそれがビールでなくとも、牛乳だろうとお茶だろうと、グビっとやれれば何でもよかった。

 軟骨の唐揚げはすっかりしなしなになっていたが、歯応えさえあるなら、それもサユミにとってはどうでもよかった。

 静かな夜だった。

「明日は休み。明後日も。その次もその次も」

 ビールに手を伸ばし、無意識にぼそっと呟いた。「死んでるみたい」

「それ、僕の前で言いますか?」

 わっ! 驚いて膝を机にぶつけると、あっという間に唐揚げがビール漬けになった。

「まだいたの!?」

「大丈夫ですよ、ちゃんとここにいました。お風呂場から音は聞こえてきましたが、どうやら水場には近づけないみたいなんです」

「そんな心配はしてないの。あなた本当に死んでる?」そんなこと考えられるくらいなら、死んだほうが、余計なしがらみもなくて楽しいかもしれないね。サユミは真面目な顔で言った。

 男の話は夜中まで続いた。「後で聞くって言ったじゃないですか。約束は守るためにあるものです。それは死んでも変わりませんよ」

 たかだか死人歴一日の男にそんなことを言われる筋合いはない。

「私はそんなの守らないの。死んだら終わり」

「そんなこともないみたいですよ。知ってますか?」

 男は、いかにもこれから真剣な話をしますよとでもいう風な顔付き、をしているだろう声で言った。

「死神って、いるんですよ」

「死神? そりゃあいるでしょ」

「え!」

 サユミの思いがけない返事に、男は驚いた。

「死神ですよ? そんなのいるわけないじゃないですか、普通は! 普通はですよ? でもいるんですよ! これって不思議じゃないですか?」わかったわかった、約束は守らなきゃね。サユミは男の話を聞くことにした。

「まあいいけど、どうして死神がいると思ったわけ?」

「見たんですよ」

 待ってましたとばかりに、男は得意げに話し始めた。

「僕、今日死んだじゃないですか」

「死んだね。数時間前に。交通事故で」

 やっぱり本当に死んだんですね、男はうなだれながら続ける。

「死んだ時にね、見たんですよ。正確には死ぬ前ですけど。黒い影、視界の端っこに、黒い影が見えたんです。それで何だろうと思って目をそっちにやったら」バーンですよ、男はその時のことを思い出してまた泣き出しそうになった。

「痛かったなあ」

「かわいそうに」

「思ってないですよね、それ」

「いいから続けて」

「終わりです」

「え!」

 今度は、男の思いがけない返事にサユミが驚いた。

「それだけ?」

「それだけですよ。すごくないですか?」

「あなた、死んで正解だったかも」どういう意味ですか? サユミは男の言葉は無視して横になり、布団にくるまると、静かに言った。

「ねえ、私、あなたと普通に話してるの、不思議じゃない?」

「僕、今日死んだばかりなものですから何が不思議で何が思議だか」

「まあ、そうだよね。私、初めてじゃないの。あなたに話しかけられた時、全然驚かなかったでしょ? お化けの友達、たくさんいるんだ」

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