第7話

「あら、カメラがたくさん。怖いもの知らずな人たちね」


 総理官邸、門の内側に降り立った燐は開口一番そう言った。


「私たち、すっかり有名人みたいだわ」


「燐は随分テレビでも報道されたからな」


「街を歩き辛くなりそうね」


「違いない」


 微笑む真滅に、燐も同じく笑みを向ける。


「マスコミの対応は燐に任せてもいい? 戦闘になったら巻き込んじゃいそうだし、適当に遠ざけといて」


 零のそんな言葉に、燐は「まあ」と取って付けたような驚きの声を上げる。


「優しいのね。任せて頂戴」


 そう言うが早いか、彼女は門の方に歩いていった。


「こんばんは、皆さん。今日もとっても良い夜ね____」


「燐の顔ばっか売れちまうなぁ。あいつの兄貴にドヤされそうだぜ」


 ため息をついたのは綾人だ。零はマスコミの前に立つ燐を一瞥し、答えるように言った。


「これも作戦のうちだからね。船上での演説も燐がやってくれたみたいだし、そこら辺はあの子もわかってるんじゃないかなぁ」


 はっ、と綾人は乾いた笑い声を上げる。


「あの見た目と背負った暗い過去。キャラクター性も十分。マスコミが食いつきそうってか?」


「そういうこと。例えばさ、とっても強気な態度に出てた十六歳の美少女が、兄を政府に殺されたんだって突然涙ながらに語ったら……ね?」


 零はくすりと笑い、綾人の顔を目だけで見上げる。何も言わずに自分の顔をじっと見つめる綾人に、零は「どうしたの?」と可愛い声で問うた。


「……見てくれに合わねえ腹黒い奴だな、お前」


「綾人は見た感じよりもずっと優しいタイプだよね」


 綾人は零の真意を探るように彼の顔を再び見つめるが、その笑顔は綾人に何も悟らせはしなかった。


「燐をマスコミの説得に向かわせたのは、あいつらを戦闘に巻き込まねえ為じゃねえだろ。本当にそれが目的なら、俺のスキルで壁でも作っちまえば十分だったはずだ」


「そうだね」


 零の笑顔は崩れない。


「……お前の目的はなんだ」


「綾人もさっき言ってたことだけと……分からない?」


 零は小首を傾げて綾人に問う。が、綾人から何の反応も寄越されないことが分かると、すぐに回答を示した。


「答えはね、燐の印象を強めるため。あの子のキャラにギャップが生まれれば生まれるほど、マスコミはぼくの思惑通りに騒ぎ立ててくれるはずだからね」


「……本当に、それだけなんだな」


 そうであってくれ。そんな願いが滲み出たような声だった。


「ねえ綾人。ぼくを疑ってるの?」


 いつの間にか零の笑顔はどこか沈んだ表情に変わっている。綾人は「分からねえ」と一言答えた。


「だとしたら、それは杞憂だよ。悠のスキルはありとあらゆる裏切りを阻止する。万が一ぼくがどこか月影に仇なす組織からの差し金だったとしたら、ぼくはもうとっくに死んでるよ」


 綾人は鋭い目つきで、零を睨むように見ている。


「お前のスキルがあれば、悠のスキルをかい潜っての潜入だって難しくはない。それにその頭脳じゃあ、あいつの契約の抜け口くらい、すぐに見つけられる筈だろ」


 零は真剣な顔で話を聞いていたが、ふと綾人から視線を外し、悠の方に向かって歩みを進めた。俯いた顔は影に覆われてしまって、その表情を窺うことはできない。


「燐に対して過保護になってるのはわかるけど……」


 一度立ち止まってから口にした零の声は小さく、ともすれば遠くでマスコミを揶揄う燐の声にもかき消されてしまいそうな程だった。


「それは少し、買い被りすぎってものじゃないかな」


 そう言うと彼はまた歩き出し、抱きつくようにして悠と真滅の間に割って入る。二人に向けられる零の笑顔はいつもどおりに明るいものだったが、綾人にはどこか暗いものを秘めているように見えた。


「少し離れてくれるそうよ、零」


 燐は綾人の横をすり抜け、三人の方に向かいながらそう報告をする。綾人が門の方に目をやれば、マスコミは門から十メートル以上距離を取っていた。


「良かったぁ。それじゃ、そろそろ中に入ろうか。綾人と真滅は悠を挟むように並んで、ぼくと燐はその後ろね」


 先ほどまで二人の間に漂っていた剣吞な雰囲気が嘘のように、零は笑顔で綾人を手招きする。


「おう」


 零との会話を悟らせまいと考えたのか、綾人もいつも通りの声でそれに答え、四人の方に駆け寄っていった。

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