鏡陥穽

『鏡陥穽』 【涅槃】

 麻田葉子あさだようこは、自分を襲ってきた浮浪者を、勢い余って殺害してしまう。事件の発覚を恐れた彼女は、その死体を処理するのだが、その後、その浮浪者に瓜二つの、久遠くどうと名乗る男が現れて……。

 飛鳥部勝則は、ホラー・アンソロジーの『異形コレクション』に参加している。このことからも分かるように、彼は怪奇小説家としての顔も持っているのだ。そしてミステリではなく、ホラーとして長編を発表したものが、今作である。ミステリとしての要素は皆無、ではないが、それは、「どんな作品にも推理要素を入れる」、という『推理小説家』飛鳥部勝則としての矜持なのか、あるいは、遊びの域を出ないものであり、ジャンルはあくまでも、ホラーである。まずはこのことに注意して欲しい。

 テーマは、『鏡と分身』。鏡に写した者の分身を生み出す魔鏡に関わってしまった者達の受難を描く、ハチャメチャなホラー作品である。描写はかなりグロテスク、なのだが、余りにも馬鹿馬鹿しい展開に、怖い、や、気持ち悪い、を通り越して唖然とさせられる。まともな登場人物がほとんど出てこないのも、飛鳥部勝則の作品に親しんだ読者であるなら、いつものことで、ある種の安心感すらある。

 だが、この作品で注目して欲しいのは、あらすじで少し触れた、謎の男、久遠の父である、青史せいじだ。『教養のある変人』、『知性溢れる変態』が多い飛鳥部ワールドの住人の中でも、彼の狂気は、かなりの存在感を放っている。その鬼畜ぶりだけでも、一読の価値があるようにも思う。

 馬鹿馬鹿しいとは言っても、ホラーはホラー。グロが苦手な方には、流石に勧めることは難しいが、ミステリ要素以外の、飛鳥部テイストが凝縮された怪作と言えよう。

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