殉教カテリナ車輪

『殉教カテリナ車輪』 【絵画】【純愛】

 九十八年に、第九回鮎川哲也賞を受賞した、氏のデビュー作。

 三十歳を超えた後に画家になり、五年に五百枚という、驚異的なペースで絵を描き続け、その後自殺した画家、東条寺桂とうじょうじけい。彼に興味を持った学芸員、矢部直樹やべなおきは、遺された『殉教』、『車輪』という二枚の絵を、図像解釈学イコノロジー―作品のモチーフなどから、芸術作品の内容や意味を、作品が創られた時代背景や宗教、思想などの点から解釈する方法―を用いて、東条寺の当時の心境を推測していく。そして、やがて彼が生前に体験した、二重密室殺人に行き着く。

 芸術に詳しくなければ、図像解釈という言葉には聞き覚えが無いことだろう。だが、特に構える必要は全くない。専門的な知識は不要なのはもちろん、ミステリと図像解釈の、意外な(?)相性の良さに気づかされることになるだろう。本作に登場する、東条寺の作品とされている絵画は、飛鳥部氏本人が描いたものであるが、氏の絵画が登場する作品の中で、絵画が最も大きな効果を上げているものが本作である。

 肝心の謎解きだが、難度こそ高くはないものの、張られた伏線が、見事に回収される解決編は実に鮮やか。自作絵画付きの推理小説、と聞くと、キワモノ作品という先入観を覚える方もいるかもしれないが、それは大きな誤り。紛うことなき、『本格ミステリ』となっている。

 そして、本作を語るに当たって、外せないのがそのラスト。他の作品を含めた上で、屈指の名シーンである。その哀しくも美しい幕引きに、目頭が熱くなること請け合いだ。

 まとめると、本作は精緻で完成度の高い本格ミステリであり、飛鳥部作品には珍しく、万人に勧めることの出来る傑作である。昨今の作風を知っている読者にとっては、やや地味な作品であることは否めないが、それ故に、氏の作品を読んだことのない方には、この作品から入ることを強く勧める。そしてその後、昨今の作品を読んだら、こう思うはずだ。「どうしてこうなった」。

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