第28話 誰がためにサイレンは鳴る 2(7/30改稿)

「こんにちは~。今日は特殊犯罪撲滅キャンペーンです。どうぞ~」

「あらありがとう」


 スーパーの店内から漏れ出るBGMに負けぬよう声を張り上げながら、ユリウスがにこやかにチラシのついたティッシュを差し出すと、買い物袋を提げた中年の女性が受け取った。周りの買い物客も制服姿の警察官が店の出入り口でティッシュを配っているのが珍しいのか、ちらちらとこちらを見つめている。

 今日は市役所と合同で、振り込め詐欺などの特殊詐欺の撲滅キャンペーンを行っていた。そしてユリウスはエルミラと共に管内のスーパーでティッシュ配りの真っ最中である。地元密着型の小さいスーパーであるが、昼前は一層客足が多くなるのか、配布するのも一苦労であった。


「警察官を名乗って、キャッシュカードやクレジットカードをすり替える手口が流行ってますので、気をつけてください」


 すぐ向かいの出入り口では、エルミラが高齢の男性にゆっくりと大きい声で注意を促している。しかし男性は解っているのかいないのか曖昧な笑みを浮かべて立ち去っていってしまった。

 ユリウスは足元にある段ボールを見て溜息をつく。


「あと100個近くあるよ……」


 配り終わるまで帰ってくるな、と刑事課長に念を押されたポケットティッシュの山を見てうんざりした。周りを見渡す。古びたガチャガチャの並ぶ出入口、所狭しと並ぶカート。昔、妹を連れてこういうスーパーに来たことがあった。見た事のないお菓子に感動していたな。と懐かしさに浸っていると、後ろから肩を叩かれた。


「はい?」

「お巡りさん、すみません。ちょっといいですか」


 スーパーの男性店員が困ったように眉を寄せている。


「どうかしましたか?」

「万引きです。その、つい今しがた」

「今!?……万引きした人、いますか?」

「ええ。事務所に」

「判りました。ちょっと待ってください。エルミラさーん!」


 ユリウスはティッシュ配りに勤しむエルミラを呼んで事の次第を伝えた。


「しょうがないわ。私達で処理しましょう。課長には連絡しておくから、先に行ってて」

「わかった。お願いします」


 

 店内奥の事務所へ向かうと、店長らしき眼鏡をかけた細身の中年男性が困ったように腕を組んで立ち尽くしていた。


「こんにちは。境島署です」

「ああよかった。店長のマツダです。この人なんですが……」


 声をかけると、ホッとしたように店長がこちらを見てからパイプ椅子に座る人物を見た。

 虚ろな目に、ざんばらの白髪。曲がった背を縮こませるようにして腰掛けているのは、かなり高齢の女性に見えた。

 ユリウスは目線を合わせるようにして屈んだ。


「こんにちは。お名前言えますか?」


 高齢者には出来るだけ低く、大きくゆっくり話したほうがいいと、以前交通課の免許係であるダークエルフの瀧田(たきた)にそうアドバイスされたのを思い出していた。


「……」


 しかし、女性は黙ったまま何も言わない。所持品を確認したいが、彼女の許可が無ければ何もできない。ユリウスは机に掛けられた白い杖を見て店長に問いかけた。


「この白杖、この方のですか?」

「そうです」


 女性は目が見えないか、弱視なのだろう。ユリウスは白杖の根元に名前のタグがあることに気づいた。


「ええと、あなたは、ニシオカ キミコさんでいいですか?」

「……」


 女性は答えない。


「この方、いつも買い物に来られるんですか?」

「ええ。パート従業員が見知った顔だと。目が不自由なのでよく商品の棚に誘導したりしていました」


 ユリウスの問いに、店長は頷いた。

 沈黙を守る女性を見ながら、ユリウスは店長の耳元で声を落として聞く。


「認知症とかそういう感じとかは……」

「どうでしょう……ちょっと怪しいかもしれません。ぐるぐる同じ棚を回って同じものを買おうとしてたこともありましたし……」

「ちなみに万引きした品は……」

「お菓子2つに、飲み物2つで合計4点ですね」


 金額にすれば千円にも満たないものであった。金額の問題ではないが、今高齢者の万引きは右肩上がりで増加している。万引きの申報で向かうと半数以上が高齢者で、苦々しい思いで任意同行することもよくあった。


「その他には?」

「いいえ。でも商品を休憩スペースのコインロッカーに入れてて、それで分かったんですよ」

「コインロッカーがあるんですか?」

「昔、このテナントにジムが入ってたらしくて、それをそのまま使っています」

「成程」


 ユリウスは白杖のタグをよく確認した。裏面に生年月日と連絡先に市役所の電話番号が記載されている。ケースワーカーなどを利用しているのだろうか。


「この電話番号に掛けますからね。いいですね?」


 と一応の同意を取るようにユリウスは女性に言った時、事務所のドアが開いた。


「ガーランド君。店の外に市役所のケースワーカーの方がいなくなった利用者を探しているってるんだけど……」

「あっ!ニシオカさん!」


 エルミラと共に現れたのはふくよかな中年の女性で、胸元に職員証らしきものを提げている。恐らく彼女が担当のケースワーカーなのかもしれない。


「もう!今日は伺いますからね、って言ってたのにお財布置いたままいなくなっちゃってびっくりしましたよ!」


 女性が安堵したようにニシオカに言うと、皴だらけの顔をくしゃくしゃにして「ごめんなさいねぇ」と彼女が小さく呟いた。

 それから、ケースワーカーの女性がニシオカに粘り強く話して聞かせたのもったが、店長も元から大事にする気はなかったようで、後日代金を支払う事で合意となった。ユリウスも足も眼も不自由な高齢者を無理矢理に警察署に連れて行かずに済み、心の底からホッとしていた。


「少し、認知症が進んで来ていて週に1,2度訪問しているんです。最近は一人で買い物すら難しくなったから同行するようにっていってたのに……」


 ケースワーカーの女性が恐縮したようにユリウスたちに頭を下げたが、ユリウスは慌ててそんな事しなくていいですと手を振る。


「ケースワーカーさんとすぐに連絡がついて良かったです。でも、どうして一人で買い物に来ちゃったんでしょうね」

「お客さんが来るからねぇ」

「え?」


 ずっと沈黙を守っていたニシオカが口を開いた。


「お客さんが来るのに、お茶も無いからねえ」

「お客さんが、来るの?」


 ケースワーカーが問いかける。


「親切な人でね、通帳が、お金が無くしちゃったから探してくれるんだ」


 要領を得ないが、その言葉にエルミラとユリウスは青ざめた。


「今すぐにニシオカさんの自宅に案内してください!」


 エルミラが手にしていたポケットティッシュを見て、事情を察したケースワーカーの顔もみるみる青ざめていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る