第11話 落とし物は何ですか? 1

「だーから。○○の山の中の防空壕内で拾ったって言ってんの。だったら俺の物じゃん」


 境島警察署のロビーにある会計課の窓口で、軽薄そうな浅黒い肌の男が大声で言い募った。その後ろには数人の若い男達。ニヤニヤと笑いながらその場面をスマートフォンで撮影している。

 何事か、と免許更新に来た来庁者がそちらを見た。


「○○とはこの地図上ではこちらの防空壕跡地の事ですよね?でしたらこの土地の所有者を調べてから【あなたが無断で山の中に入り】こちらを拾得したとご連絡しなければなりません」

「は?ちょっ、待ってよお姉さん。だからさー……」


 慌てたように言う男に、窓口の向こうにいる白金の髪をボブカットにしたエルフの女性職員がカウンターに広げた地図を示しながら、一切表情筋を動かさずに言った。


「それと、この拾得物件は、こちら側(境島)には存在しない鉱石ですね。もしも貴方が正当な理由も無く特別区へ入ったとしたらこちらもそれ相応の調査をしなければなりませんが、よろしいですか」


 カウンターに乗せられているのは、美しい紫の鉱石のタリスマン。チェーン部分は銀細工、トップには瞳を模した細工が施されており、どことなく不気味だった。純粋なハイエルフたる江田島(えだじま)主任は微弱な魔力でも敏感に感じることが出来る。それがガーランド内で作られた品だという事はすぐに分かっていた。


「この物件はこちらでお預かりしますが、条例により所有権は貴方に移行する事はできません。返還の際、謝礼の権利はありますが、どうされますか?ちなみに、この場合、持ち主が人間とは限定できませんが」


 淡々と無感情に告げる江田島に、男たちが怯んだように言葉に詰まった。条例とは、特別区における拾得物件、遺失物の特例措置に関する条例である。特別区(ガーランド製)の物品は如何なるものであっても検疫に掛けられ、持ち込みの許可が必要となる。


「あ、ハイ。大丈夫です。いらないです」


 急に、意気消沈した若者たちが素直に頷いた。江田島は一切表情を変えずに


「判りました。では、こちらに氏名の記載をお願いします」


 と言った。



 警察署には警察官以外にも捜査や取り締まりなど司法警察官としての権限を持たない行政職員も勤務している。その業務は主に会計業務や総務など、警察官のバックアップ的な存在だが、彼らが担う業務の一つに【拾得物、遺失物の管理】がある。拾得物件は届いた時点で持ち主に連絡できそうなものがあれば持ち主に連絡をするのが通常である。

 このように【連絡がつかない物件】の場合、3ヵ月間警察署にて保管しなければならない。それは特別区製のものとて同じである。

 しかし、特別区製の物は普通の人間が扱うには困難な代物が多数ある。

 ダンジョンや墳墓から持ち出された物など、何らかの魔力が封じられている可能性がある為、扱いが分からない者の手に渡れば大事故になる可能性がある。


「ああ。これは、命拾いしましたね」


 対応を終え、デスクに戻った江田島が、先程のタリスマンについた紫の石を見て呟いた。


「もー、交通課もエアコン壊れたとか勘弁してよ……どうしたの? 江田島さん」


 ぶつぶつと会計課の出入り口のドアを屈みこみながら入ってきたのは、緑色の作業着姿の身の丈3メートル近くあるであろうオーガ。手にはバケツと掃除道具が握られていた。見た目だけなら恐ろしいオーガ族であるが、彼は歴とした境島警察署会計課長である。名前は緒方(おがた)。本名は人の言語では発音できないため改名している。

 彼は庁舎内の備品や設備の管理、署員の出張に係る予算管理等を担当している。


「緒方(おがた)課長。先程、○○地内の防空壕跡からユーチュー○ー崩れのバカ者どもが拾ってきた物なんですが」

「うん。いつもながら辛辣だね江田島さん。それで?」

「かなり強い呪いがかかってますね。人が持てば三日で死ぬかもしれないです」


 ぷらぷらとタリスマンを揺らしながら、事も無げに言う江田島に、緒方がひぇっ!と体躯に似合わぬ高い声を出した。


「これ、どうしましょうか。金庫は課長の引き出しの中なのでそこに入れますか?」

「ちょ、待ってよ!私が死んじゃうじゃん!」

「課長はオーガ族なんだから死にませんよ多分。20年くらい寿命が縮むかもしれませんが」

「やだ!ちょっとやめてこっち向けないでよも~!」


 緒方はその屈強な見た目とは裏腹にオカルトやグロテスクな物が一切ダメだという。ベジタリアンで肉は一切食べないし、趣味は手芸である。

 ちなみに江田島の趣味は一人焼肉と一人酒だ。


「あ、お昼ですね。食事にしましょう。これはちょっと後で処理します」


 正午を報せるチャイムが防災無線から鳴ったのを皮切りに、江田島は丁寧にタリスマンをチャック付きのビニール袋に入れ、引き出しに入れた。

 緒方がホッと息を吐く。


「ねえ、楽しんでるでしょ?ねえ。ちなみにお昼何頼んだの?」

「今日は特盛ラーメン餃子セットライス付きです」

「炭水化物フェスティバルだよそれ……」

「課長の方が一体何がその図体を稼働させているのか謎ですが」

「稼働ってのやめて。江田島さんはもうちょっと私に優しくさぁ……お花に対するようにもうちょっとさぁ」


 緒方が可愛らしいサラダをつつきながらぼやく。だが江田島はラーメンを盛大に啜りながら全く違う事を考えていた。


(防空壕跡地に強力な呪力のタリスマン。気になりますね)

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