第9話 家畜泥棒にご注意ください 2

「そういえば、家畜泥棒って……」


 信号待ちで後部座席のユリウスが思い出したように言った。


「ああ、お前が来る前から管内で家畜ドロが連続で発生してんだ。牛まで盗まれてな。お蔭で夜も張り付けだよ」


 毒島が溜息をつく。その地域特有の犯罪で、農産物の収穫時期になると収穫物を根こそぎ盗んでゆく不届きな輩が出没する。広大な農地では自衛するとしてもセキュリティに限界がある。

 なのでその時期になると警察官が夜通し監視もしくは重点的に夜間警らを強化するのだ。


「牛!?ですか……」

「牛なんてどうすんだよねホント。しかもどうやって持ってったのかさっぱり分からないみたいでさ。ユリちゃんの実家にも牧場あるでしょ?やっぱ昔ながらの牛追いとかいるの?」

「あー、昔はそうだったみたいですが、今はハイテク化が進んでドローン使ってるところもあるみたいですよ」

「うっそマジで。境島(ウチ)のが遅れてんじゃんヤバいじゃん」


 但馬が驚いたように声を上げた。ユリウスの地元(ガーランド)でも牛は馴染みがあった。牛追いなどガーランドでも今は存在しない。衛生的な管理の下にシステム化を導入しているし、ドローンで牛たちを誘導している牧場も存在する。専制的な政治が長く、機械文化も無かったガーランドを変えようとしたのはユリウスの腹違いの兄、現ガーランド王であるアレキアスである。突然の先王の崩御から同様の広がる国内をまとめ上げたのはアレキアスの尽力と人望の賜物だ。まだ若く柔軟な考えのアレキアスは現代日本の文化や技術を吸収し、固く閉ざしていた外交の門を開いた。彼の交渉力と現代日本の技術支援があったからこそ、民の暮らしは劇的に向上したと言っていいだろう。

 同期の芝田が聞いたらさぞかしがっかりするだろうな。とユリウスは心の中で苦笑した。


「そういや俺の実家もようやくBSが見れるって喜んでたなぁ」


 毒島がユリウスを振り向いた。彼の出身はガーランドの南東にある巨大な湖、トリトニス湖の畔にあるリザードクランである。

 以前は原始的な生活を送っていた彼等であったが、技術支援や産業の発展により、今は東南アジアのような街並みになっている。

 ちなみに、ちょっとした観光スポットとして話題である。


「えっ……そうなんだ……何か意外。俺、向こう側一回も行った事ないからさー。一回は行きたいなー」


 但馬が二人を羨ましそうに見た。


「そんな面白くないですよ。たまーにでかいモンスターとかドラゴンが出たりするくらいで」

「野生のドラゴンなんて数十年に一回くらいっすからね出るの。俺もガキの頃一回しか見た事ないし」


 当然のように答えるユリウスと毒島に但馬は目を丸くした。


「なにそれめっちゃ気になるじゃん……あ、無線だ」


≪境島から境島2≫

「境島2ですどうぞ」


 毒島が本署からの無線に応答する。


≪加入での申報になります。境島町 方違(カタガエ)◯◯番地。○○方の田圃にて【巨大な鳥がいる】とのこと。申報者は田圃の所有者本人で現在少し離れた寄り合い所にて待機しているとの事。迎えますかどうぞ≫


 加入での申報、とは一般回線電話から直接警察署に申報があった場合に使う。

 毒島が無線を持ったまま但馬を見た。


「え?鳥って何?鳥?え?行くけどポイント送信してって言っといて」

「判りました……えー、境島2了解。巨大な鳥、の詳細等分かりますかどうぞ」

≪……申報者が混乱している為、【とにかくデカい鳥】としか判明しません。ポイント送信しましたどうぞ≫


 なんだそりゃ。と但馬が呆れたように呟いた。


「了解……です。境島2これより向かいます。現在○○地内により所要時間約10分程になりますどうぞ」

≪了解。現着後、状況の写真等の送信を願います。以上境島≫

「じゃあ行くか。あーあ、鳥か……」


 但馬が憂鬱そうに呟くのを見てユリウスが首を傾げた。


「鳥がどうかしたんですか?」

「俺、鳥嫌いなんだよね……」

「え!マジすか!俺も初めて知ったんすけど!」


 まさかの告白に二人は驚きに眼を瞠る。


「若い頃にさ、ヤミ闘鶏場のガサに駆り出されたの。で、いざ踏み込んだらさ、ヤクザもんの一人が全部の軍鶏のケージを開けやがったわけ。そしたらもう大混乱よ。俺達は100羽近い軍鶏に襲い掛かられてさ。最悪だった」


 それからもう鳥って見た目の奴がダメ。鶏肉ならいいけど鳥の羽があるともうダメ。と但馬は至極真面目に言っていたが二人は笑いをこらえるのに必死であった。

 そんな大げさな。だが二人の甘い考えは、現場に到着して粉々に打ち砕かれることになる。



「ポイントここ?」


 ハンドルを切りながら、但馬が言った。見渡す限りの田圃とまばらな人家があるのみである。

 パトカーを空き地に停め、3人は畦道に降り立った。見る限り人っ子一人いない。


「そうですね。ここの管轄は大汐(オオシオ)なんで犬飼の奴が来てるはずです」


 犬飼巡査部長はワーウルフの警官で、毒島の後輩である。


「犬飼君がいるなら安心だね。よかったー」

「でもアイツ結構暴走するから気をつけてくださいね。但馬班長ちょっと後ろに隠れないで!邪魔!」


 仲が良いなと思いながら、ユリウスは周りを見渡した。見渡す限りの青々とした田圃。今日は風も無くむわりとした湿気と熱気が襲い掛かる。夏服とはいえ、防刃ベストとその他諸々の装備を付けている為、暑さが堪える。


「いないですね」


 ユリウスが周りを見渡しながら言った。


「デカい鳥って普通にアオサギとか田圃にいるけど何なんスかね」

「絶対やだ。いなくていい。帰りたい」


 毒島の言葉に、但馬がぶつぶつ言いながらも捜索する。嫌なものであっても職務を遂行せねばならない。哀しき公僕の性である。


「あれ……犬飼じゃないスか?」


 毒島の言葉に二人がそちらに視線を向ける。田圃の一番端、森に続く畦道の近くで、黒い毛並みのワーウルフの警官、犬飼が両手を振っていた。


「おーい!そっちにいたかー!」


 但馬が大声で叫ぶと、犬飼は慌てたように人差し指を口の前にあてた。静かにしろという事らしい。

 3人は犬飼のいる方へ走る。犬飼は何かを気にするように時折森の中に眼を向けていた。


「どうした?犬飼。いた?」


 毒島の言葉に犬飼が「静かに、起きちゃうかもしれないんで。こっちです」と3人を案内した。



「マジかよ」


 但馬が絶望したように言った。ユリウスもこれは想定してなかった。まさか。


「ヒポグリフです。今、腹がいっぱいになって寝てますね」


 3メートル以上はあろうかという巨体。鷲の頭と翼、馬の胴体。そんな異形の生物が身体を横たえて森の中で眠っていた。

 そして周りには餌になったであろう牛の残骸。真夏の気温のせいで腐敗臭がかなりひどい。


「家畜泥棒ってこいつですかね……」


 ユリウスの問いに毒島が頷いた。


「ああ、間違いねえな。でもどうすっか」


「ユリちゃん。写真撮って本署に送信して。あとこれは猟友会に頼むしかねえべな。俺らの銃じゃ豆鉄砲にもなんねえよ。にしても……熊みてえな鳥だな……」

「但馬班長。馬ですよ一応。鳥と馬」


 犬飼がどうでもいい訂正をする。


「判ってるよ!例えだよ!例え!」


 そんなやり取りを尻目にユリウスは支給されている携帯端末で写真を撮った。本署に送信する為である。その時、閉じられていたヒポグリフの眼がぎょろりと開いた。


「うわ!起きた!」

「え!」


 ばさり、と畳まれていた翼が開き、駿馬の下半身が力強く地面を踏みしめながら立ち上がった。


「でっっっか!!!」


 但馬が思わず声を上げる。無理もない。ヒポグリフは羽を広げれば優に5メートルを超える。体高は馬と同じぐらいである。そんな生き物は現代日本には存在しない。ヒポグリフはぶるりと身体を震わせると、翼を羽ばたかせ始めた。


「ヤバい!飛ぶぞ!伏せて!」


 犬飼の声に全員が地面に伏せる。キュイイイイ!と甲高い咆哮を上げると、ヒポグリフは助走をつけて森を飛び出し、畦道を駆け抜けて空へ飛びあがった。


「追跡用意!犬飼は本署へ連絡!俺らは追うぞ!」


 唖然とするユリウスたちに、いち早く我に返った但馬が叱咤するように声をかける。

 4人の警察官達は逃走したヒポグリフを追跡するために走り出した。

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