十夜 それちょうだい

「あ、めぐっちゃん」


 朝、もんを出たところで、美紀みのりけいとバッタリ出会った。お互いに制服姿。これから登校するところだ。


「珍しいな、おまえがこの時間に登校なんて」


 時刻は朝の七時前。部活で朝練のある恵はいつもこの時間に登校しているが、美紀には三十分近く早い。


「あ、うん。ちょっとね」


 曖昧に笑って、美紀は言葉を濁した。

 二人はどちらからともなく歩き始める。恵も学校までは徒歩で通学していた。


「めぐっちゃんは朝練?」

「ああ」

「ホント熱心だねぇ」

「試合近いしな」

「え!? めぐっちゃん試合でんの?」


 美紀は立ちどまって、大げさに驚いた。


「よその学校と、交流試合するんだ。いちおう出してもらえる」

「いついつ?」

「来月末」

「年明けすぐかぁ。よし、めぐっちゃんが勝てるように見にいったげるから」

「いいよ」


 立ちどまった美紀を置いて、恵はそそくさと歩いていく。美紀はすぐに追いつくと横に並んだ。


「照れない。照れない。昔はよく応援しに行ったじゃん」

「ホントにいいよ。ただの交流試合なんだから。それよか、おまえが見たいって言ってた映画、始まってたぞ」

「え? ホント?」


 恵があからさまに話をそらしても、美紀はあえて突っ込まなかった。そのまま次の興味ある話題へと移っていく。


「一館だけ、八城明市ここでも上映してる映画館があった」

「へー。よく見つけたね。そうだ、めぐっちゃん、いっしょに観に行こうよ」

「やだ」恵は即答する。

「あ、感じ悪ぅ」

「だって俺、ホラー苦手……って、おまえ知ってて言ってるだろ」

「そりゃ、めぐっちゃんがホラー苦手なのは知ってるけど……。でもホラーじゃないって、前から言ってんじゃん。サスペンスだよサスペンス。ちょっと残酷シーンがあるけど」

「だからその残酷なのが苦手なの」

「空手やってるくせに」

「空手関係ねー」


 そんなことを話しながら、美紀は何も考えずにいつもの近道へと入った。恵は特に疑問も持たずに一緒についてくる。

 しばらく歩いていると、昨日のあの店が見えた。美紀は思わず立ちどまる。今日、早めに出てきた理由を思い出し、先を歩く恵の背中を見た。

 鞄の中には昨日持ってかえってしまった月長石ムーンストーンのペンダントがあった。ポストにでも入れておこうと思って今日は早めに出てきたのだ。謝罪の手紙と一緒に紙袋に入れてあり、放課後に改めて謝りに行くつもりだった。

 だが恵が一緒だとなんとなく返しづらい。


「どうした?」


 立ちどまった美紀に気づいた恵が、声をかける。


「ううん。なんでもないよ」


 美紀は何かを振り払うように軽く頭を振った。そして恵を追い越して歩いていく。店の前を歩くときに、必ず放課後に来ますと心の中で謝った。

 恵はそんな美紀の様子を黙って見つめる。


「ホント、なんてもないって。早く行こうよ」


 視線に気づいた美紀は恵に声をかける。恵は軽く肩をすくめるとすぐに後を追った。

 そのまま二人は無言で学校までたどり着く。校門を越えてすぐに恵は美紀に軽く手を上げて。武道場の方へと歩いていく。


「そだ。めぐっちゃん、日曜は映画だかんね。予定開けといてよ」

「は?」


 振り向いた恵の返事を待たずに、美紀は教室へと向かった。


        ☆


「美紀、探検はどうだった?」


 HRが始まる前の朝のひと時、美紀は朝練を終えた瑞穂みずほに直撃された。

 美紀は美音子みねこと話しこんでいたが、声をかけられて少し困ったような表情で瑞穂を見る。


「アレ? どったのよ?」

「今、来崎くるさきから話を聞いていたんだが……」


 どう話そうか困った様子の美紀に変わって美音子が話し出す。


「えー!? 買わずに商品そのまま持ってきちゃったの?」

「うん」


 美紀は昨日の出来事を、かいつまんで伝えた。ペンダントをつけたとき、変な感覚に襲われたこと。そして歌が聞こえたこと。それに驚いて慌てて店を飛び出てしまったこと。今朝、商品だけは先に返そうと思ってたが出来なかったこと。

 信じてもらえないと思ったが、意外にも二人は否定せず美紀の話を聞いてくれた。


「歌が聞こえたって、もしかして呪いのペンダントだったりして。捨てちゃえ」

「みぽー、そんなわけにはいかないよ」


 瑞穂の思い切った発言に、美紀は苦笑する。


「で、それが例のペンダント?」


 美音子の言葉に美紀はうなずいて、小さな紙袋を差し出した。美音子は袋の中を除きこむと、慎重にペンダントを取り出す。


「うわっ。たきっち、出すな。呪われる」


 両腕で顔を覆い、瑞穂は少し後ずさった。


「もう。みぽーってばおおげさだなぁ」

「これは……月長石ムーンストーン?」


 大げさに騒ぐ瑞穂とは対象的に、美音子は落ち着いた様子でペンダントを観察する。


月長石ムーンストーンって?」

「みぽー、パワーストーンとか知ってるか?」

「お守りの?」

「大雑把に言えば、そうだな。いわゆるお守りだ。ちなみに月長石ムーンストーンは魔除けとか、恋愛とか、月が名前の由来だけに女性にいいパワーストーンとか言われている」

「へー。恋愛に効果あるのか……よく見ると綺麗だよね。ナンカ石そのものが光ってるみたい」


 瑞穂はいつの間にか、ペンダントに近寄っていた。先ほどと違い興味津々といった様子で見つめている。


「いくつもの層が重なり合ってできているんだ。層があるから内部で乱反射して、光っているように見える」

「オトさんよく知ってるねー。店員さんもそんなこと言ってた」


 美紀は関心したように、美音子を見る。そしてペンダントに視線を移し、「おや」というような顔をした。


「どうかしたか、来崎?」

「うーん、気のせいかもしんないけど、昨日よりも光が小さくなってる気がする」

「光が? まぁ、結局は外の光を受け入れて光るんだから、店と教室で光り方が変わることもあるさ」


 そう言って、美音子は月長石ムーンストーンを目の前に上げ、覗き込んだ。


「…………」


 しばらくして、美音子はペンダントを机に置いた。彼女には何の変化もなかったようだ。美音子は少し残念そうな顔をしている。


「今は聞こえるか?」


 美音子は美紀に問う。


「うーん。なにも」


 少し耳を澄ませてから、美紀は首を横に振る。昨日のようにペンダントから歌を聴くことはできなかった。


「そうか。なんにせよ勝手に商品を持ち出してしまったんだ。来崎の言うように返しに行った方がいい」

「ちょっと待って。それって恋愛に効果あるんだよね!? 美紀、捨てるんならちょうだい」


 最初の言葉はどこへやら瑞穂は目を輝かして、月長石ムーンストーンに両手を伸ばしている。


「いや捨てないし。そもそも捨てろっていったの、あたしじゃなくて、みぽーだし」

「え、だって美紀いらないんでしょ?」

「いらないんじゃなくて、返すの!」

「もったいない」

「みぃーぽーぉ?」

「わー、ごめんごめん。ウソウソ。冗談だって」


 HR開始の本鈴が鳴るまで、美紀と瑞穂のじゃれあいは続いた。

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