マジカルどうてい☆タナカオサム
おたんこなす
これが修のプロローグ
「あっ」
財布を取り出した拍子に封書が何枚か落ちる。レジを打っていた店員が声につられて俺の手元を見た。
ファミレスのきれいに清掃された床に散らばる封書は、だいたいが細長い長方形の形をしていて、一目ですぐわかるように送り主の情報が印字されていた。お役所からの通達がほとんどだろう。あわてて家を出たついでに郵便受けからそのまま鞄に突っ込んだので、まだ中身を確認していなかった。
俺が屈むよりも先に、小銭だけでも出そうと財布を構えていた女性が、あわてて腰を落とした。店員がカウンターから身を乗り出して今にもこちら側に回ってきそうなのを、大丈夫です、と小さな声で制しながら拾い集めている。
なんてできた人なんだろう。恥ずかしさや感謝、申しわけなさを感じるより先に、これが俺の彼女なんだということがいまだに信じられず、手伝うこともしないでただただその様子を見つめてしまった。
目が合った拍子に
「お客様」
「ああ、すいません!」
店員に促されて、俺はようやくクレジットカードを差し出した。レシートに署名をしていると、封書を集め終えた那月さんが名前を覗き込むように少しだけ俺に寄り添った。
「ありがとうございました」
店員が軽くお辞儀をすると、那月さんは先ほどと同じく小さな声で「ごちそうさまでした」と返し会釈する。店員の顔が少しほころんだのは勘違いではないはずだ。控えめに微笑む那月さんにはそれだけで人の心をとりこにする才能があった。少しきつめの目元がやわらかく緩んでいくのを何度も見せつけられている俺ですら、いまだに見とれることがあるのだ。
「おいしかったね、パスタ」
「はい。ありがとうございました、です」
ポニーテールを揺らしながら、今度は俺にむかって小さく頭をさげる。控えめな茶髪と、性格に似あわない大ぶりなイヤリングがきらきら光った。最初のうちこそデザイン攻めすぎたか、もしかしたら趣味じゃなかったかも、などといろいろ考えていたが、こうして会うたびつけてくれるのでその辺りはもうどうでもよくなってしまった。なにより似合ってるし。
並んで家に向かって歩き出すと、はいと封書を差し出された。しまった。すっかり忘れていた。
「ありがとう」
「どういたしましてです」
封書をまとめて鞄にしまおうとすると、ある一点に視線を感じた。
那月さんはすごくわかりやすい。束ねた中のどれかに、興味を隠すことなくまっすぐな視線を送っていた。どの封書なのかはすぐにわかった。俺から見てもかなり違和感があったからだ。
まず形が他のものと違う。そこまで細長くなく、どちらかといえば正方形に近い形だ。春らしい薄桃色のこ洒落た封筒の表面には手書きで俺の名前が記されていた。ひどい癖字だ。
それを見るなり、俺の心臓は跳ね上がった。
「招待状ですか?」
「たぶん……」
おそらくそうだ。こんなもの結婚式の招待状以外に考えられない。おそるおそる封筒を裏返してみると差出人の名前が書いてある。愕然とした。
「こ……こよみ……」
こよみちゃん。あのこよみちゃんが。そうか、いよいよ、とうとう……。
「天川こよみ、さん」
那月さんが呟いた。ハッとして隣を見ると深い茶色の瞳がただじっと俺を見つめていた。
天川こよみ。俺はずっと彼女のことをこよみちゃんと呼んでいた。どんなキモオタや社会不適合者にも変わらず笑顔で接してくれるこよみちゃんはいわば初恋登竜門のようなもので、クラスの人気者でさえ告白しては玉砕していたのに、俺のような教室の隅でひたすら本を読んでいるふりをしている人種が落ちないわけがなかった。ずっと好きだったんだ。小学生の頃から、大人になってもずっと。婚約者も見たことがあるがかなりのイケメンだった。そうか、みんなのこよみちゃんだったのに……とうとう人のものになってしまうのか……。
感傷にひたりながら封書をすべて鞄にしまった。
「いこう、那月さん」
そう、いまはこんなことに気をとられている場合ではない。人のことより自分の心配だ。なんせ那月さんと俺が結婚できるかどうかは、今日この日にかかっているのだから。
はたして俺にあいつを説得できるのか。考えるだけで気が重いが、今度という今度ばかりはゆずれない。30歳の誕生日ももうあと3ヶ月と差し迫っているのだ。節目の日が来るまでに必ずや那月さんと籍を入れてみせる。
どろりとした思いをすべて払拭するつもりで那月さんの手をとった。
「
「大丈夫です」
いつも小さな声が心なしか余計に細く聞こえた。彼女も緊張しているに違いない。大丈夫ですよ那月さん、俺がついていますから。
迷うことのない足取りで、同居人と二人で暮らている安いおんぼろアパートへと向かった。
扉の前でひとつ深呼吸をする。那月さんからの視線を感じるがさすがにここで余裕を気取れるほど肝はすわっていない。よし、と声に出して気合いを入れてから、玄関の扉を開けた。
窓があいているのか、扉を開いた瞬間すうっと風が通り抜けた。男だけの暮らしではこうも爽やかな空気にはならないだろう。掃除の行き届いた台所を通り抜けながらそこだけは感謝しなければと思った。
一番奥の部屋へ行くと、やはり窓は開いていた。洒落っ気のない紺のカーテンが風に揺れており、その窓枠に腰かけるかたちで座っていた少女は、いつも通りブレザーの制服を着ていた。少しはだけた胸元に赤いリボンをぶら下げ、スカートは短く折られている。まったく正しいJKといった着こなしだ。
「なんだい」
黒いボブの毛先を指でいじりながら
「また懲りずにつれてきたのか? 学習しない男だな、キミは」
一瞬ぴりっと空気が張り詰めた気がした。日捲ではない。どうやらこれは俺の背後からかもしだされている。
那月さんを背にかばいながら目の前を見据えると、同居人がやれやれといったように首を横にふった。
「俺は本気なんだ」
「キミはいつだってそうさ。わかってるよ」
「俺だけじゃない。那月さんも本気だ」
「……ナツキさん」
名前をそのまま復唱した日捲がすうっと目を細める。年季の入った姑ばりの怖さだ。
「ミホコさんの次はナツキさんか。和装が似合いそうな京美人だな」
「こ、こら! ほかの女の話はやめなさい!! 美穂子さんとはもう終わったんだから!!」
「一週間前にな。ところでナツキさん」
ミニスカから覗くほっそりとした白い脚を組みなおした日捲は、肘をついて手のひらに顎を乗せ、挑発的な笑みを浮かべている。那月さんはというと衝撃的な事実がこの場で明かされてしまったのに、それについてはまったく関心がないようで、つり上がったきれいな瞳を目の前の美少女に向けていた。俺については完全に蚊帳の外感が漂っている。……いやな予感だ。
「あなたはなぜオサムと結婚したいんだ?」
「……愛しているから、です」
よせやい。照れるじゃないか。
「それは結構なことだ」
「なにがおかしいですか」
「いいや、何も。愛とは人間に与えられた感情の中で一番尊いものだ。ところでなにかあなたから、僕に聞きたいことは?」
余裕たっぷりに主導権を握っている。那月さんは憎しみさえ込められていそうな目で一心に日捲を睨んでいた。やはりわかりやすい。
「……あなたは、誰ですか。妹さんですか?」
「ははっ! おいおい、せっかく与えた発言権だぞ? そんなありきたりな質問しかできないとは、元が知れているな!」
身をそらして笑い声をあげた瞬間、俺は何がおこったのか目で追うことができなかった。気づいた時には那月さんが目の前まで詰め寄り、日捲の襟元をしめあげていたのだ。
本来ならその光景に驚くところなのだろうが、俺はここにきてついにげんなりしてしまうのを隠せなかった。こうなってしまっては、いやな予感が的中してしまったことを、認めざるをえなかったからだ。
「……馬鹿にするのもいい加減にしてくださいです」
「それはこちらの台詞だ。とりあえずその口調をやめてくれないか? 残念ながらそのキャラが出るゲームは、もう一か月前にクリア済みだ。オサムの中ではとうに旬が過ぎているんだよ!」
那月さんの手の中が閃いた。どこにそんなものを隠し持っていたのか、丁寧に手入れされているらしいナイフが陽の光を浴びてキラキラと光っている。
勘弁してくれ、またこの展開か。俺は文字通り頭を抱えそうになった。
「オサム、キミはいったい何度ひっかかったら気がすむんだ? ハニートラップもかかりすぎると逆に様になるな」
「よそ見はやめてくださいです」
いますぐ強制終了してやるです、と言う那月さんの瞳が一気に濁った。ああ、どうやらもう遅かったらしい。いつも決着は一瞬だ。
日捲がふんと鼻を鳴らした。
「遅い。貴様の解析なんぞ一秒もかからん、民間の欠陥ヒューマノイドが」
ナイフが床に落ちると同時に、那月さんの身体も崩れた。地に伏した俺の愛しい彼女がどろりとした視線をこちらに向ける。……恨めしいんだろうか。
おそらく彼女の存在理由は、誇張でもなんでもなく、俺だけだったはずだ。ある意味本当に、偽りなく、解釈が違っても、俺への執念は本気だったに違いない。
それに、俺だって本当に、彼女のことが……。
「最悪です」
「え?」
「さっきのお店での対応、最悪です。ふつう彼女だけに拾わせますか? お礼もなしですか? 女からもらった手紙見られてもなんのフォローもなしですか? これから家族に結婚のあいさつだってときに?」
「な、那月さん、」
「あとこのイヤリング、つけてるのずっと苦痛だった」
いつの間にか敬語をやめた那月さんは、そう言ったのを最後に動かなくなった。
勇者の剣に上り竜をまとわせた黄金の最強イヤリングが、那月さんの最後の吐息に合わせてゴトッとずれた。
「諦めが悪すぎるぞ、オサム」
「うるさい……どうしていつも俺の恋路を邪魔するんだ……」
完全に活動を停止してしまった那月さんに寄り添って寝転んでいると、目じりにたまった涙がこぼれ落ちそうになった。こうなってしまってはもう二度と動かないことなんて知っているし、少しでも目を離せば運営元の手によってこの「ボディ」があっという間に回収され、消えてなくなってしまうということも知っていた。すべてこの一年近くで経験してきたことだ。
まばたきひとつするものかと目をかっぴらく俺に、日捲がため息をついたのが聞こえた。気配が近寄ってきてよしよしと頭を撫でられる。
ああ、いまそっちを見たらJKのパンツ見えるかなあ。どんなにメンタルがスタボロでもそんなあさましい考えがよぎってしまう俺の頭がさらに泣けた。
「しょうがないだろ。キミには生涯、清廉潔白な身でいてもらわなければならないんだ。一度でも貞操を失えば、キミのその強大な力も永遠に失われることになる」
「俺は普通の人間だよ……ちょっとオタクなだけで……」
「今はな。何度も言っているが、あと3ヶ月だ。8月1日。30歳の誕生日を迎えたその日、今は秘められている特別な力が目を覚ます」
「あ、もういいですその話……」
もう何度聞いたかも思い出せない、現実味がまるでない説法だ。要するに30歳まで童貞を貫いた場合、俺はなにかスーパーマン的な力を得ることになるらしい。アホみたいな話だ。にわかには信じられないが、しかしこうして現実に、俺の大切にしすぎた童貞を奪おうとする刺客が定期的に現れているのも事実だった。日捲の話によると敵対勢力なるものが、タイムリミットが迫ってきたことで焦り、なりふり構わない攻勢をしかけてきているらしい。
「とにかくキミ自身には申し訳ないが、純潔のままでいていただかなければ困る。ひとたびセックスでもしてみろ、人類が滅亡するかもしれないんだぞ」
「やめて! 男の子に純潔とか言わないで!! 女の子がセックスとか言わないで!!」
もうボロボロだ、満身創痍だ。ただでさえ大切な人を失ったばかりだというのに、そんなハリウッド並みにスケールの大きい話は聞きたくない。
頭を撫でる手を振り払いヒシッと那月さんにしがみついた。
「大賢者でも魔法使いでもなんにでもしてくれよ……なんになったって、那月さんとのあの美しい日々はもう戻ってこないんだ……」
「おい、悲観的すぎるぞ。なにも人を愛するなと言っているわけじゃない。民間のトラップに引っかからず、普通の人間と愛し合えばいいんだ。プラトニックにな」
「何がプラトニックだよ!! セックスだって愛情表現じゃん!! なんで!! 俺だけ!! できないの!! おかしいじゃないそんな世の中!!」
「泣くなよ……」
まだ涙は出ていないがそろそろ目の渇きが限界だ。この一年間で俺のドライアイは急速に悪化したに違いない。鼻をすすると頭上からため息が聞こえて、なんて偉そうなJKだ、と思うより早く、日捲の手がわき腹にのびてきた。
「ほーら。こちょこちょこちょ~~」
「ヒィッ!」
「 かゆいところはありませんか~?」
「やめて! いま! そこがくすぐったい!」
「ん~? ここか?」
まるで犬猫に対するテンションだ。おもむろにこしょばされ、愛する相手すら自分で選ばせてもらえず、俺、愛玩動物か何かと思われてないか?
おい! やめろ! そう訴えるのも空しく、真っ白な両手は容赦なくわき腹をこちょくりまわす。完全に油断しきっていた俺は涙ながらにヒーヒー喘ぐしかない。
やがて手が止まると、ひょいっと視界に凛々しい笑顔が飛び込んできた。
「どうだ。元気は出たか?」
「で……出ました……」
「それはよかった」
伸ばしたブレザーの袖が俺の目じりを拭う。それでも熱いものがツーッと流れ落ちて、しばらくは止まりそうになかった。
「お……俺……」
「ん?」
「そんなに最悪かな……」
心底好きだったのは、どうやら俺だけだったらしい。今度こそは本当だと、普通の人が、星の数ほどいる男の中から俺を選んでくれたんだと、信じていたのに。
日捲がハハッと笑い飛ばした。
「そんなことを気にしていたのか、キミは」
「そんなことって……」
お前にはそんなことでも、俺にとっては死活問題だ。自分のダメなところをまざまざと突き付けられた気がする。しかも那月さんはもういない、どれだけ頑張っても彼女の心を取り戻すことはできないのだ。
俺の喪失感をどれほど理解してくれているのか、日捲は静かに微笑んでいる。
「大丈夫だ。キミはとても素敵だし、魅力的な男性だよ。あいつは見る目がない」
「……魅力的って、どこが」
その場しのぎじゃないだろうな。
「そうだな。まず顔の造形が僕好みだ」
「……そうですか」
「その少し高めの声も好きだな」
「はい」
「人を心から愛することができる優しい心の持ち主だ」
「うん」
「甘党なところも可愛らしくていい」
「それから」
「欲しがるな!」
それだけ元気ならもういいだろ、と両頬をたたかれた。さあて晩ご飯の支度だなと立ち上がった日捲が視界から消え、すぐに台所から食器の重なり合う音が聞こえてくる。
「晩ご飯はなにがいいんだ?」
「ハンバーグ」
「いいね。僕の得意料理だ」
冷蔵庫を開く音が聞こえる。
隣にあったはずの那月さんの体は、忽然と姿を消していた。
*
「はああ、うまい! うまいよ! 日捲、おまえ天才!」
「キミに手料理を褒めてもらえるとは、至極光栄だ」
たまらなくジューシーなハンバーグを食べているのを、日捲が心底嬉しそうに見つめている。
本当にうまい。添えてあるベイクドポテトも最高だ。蒸し具合がちょうどいいし塩味も効いていて、そもそもまず見栄えがいい。
「まったく、それにしてもあのヒューマノイド、無礼にもほどがあったな。キミという存在がどれだけ崇高なものなのかをまったく理解していない」
「いや、もういいよその話は……」
思い出すだけで悲しくなってくる。
「いいや、よくない。僕の気がまだ晴れていないんでね。本当にとんだ愚か者だよ……僕がもしあいつと同じポジションに立ったとしたら、死んでもキミをがっかりさせたりしない。落としたものはすべて残らず率先して拾うし、ほかの女の名前が出てきたところで問い詰めたりしない、それにプレゼントはケースで厳重に保管し週に一度だけ手入れのため触れることを許す」
「そこまでいくとちょっと気持ち悪い」
やめろよ、あんまり言われると好きになっちゃうだろ。ちょろいオタクがそんなに好意を伝えられたら嫌でも意識してしまう。
それでなくてもこよみちゃんと顔がそっくりなんだから、発言には細心の注意を払ってほしい。俺はチート人型ロボットと付き合うのはまっぴらごめんだ。生身の人間とお付き合いして、その人ときちんと童貞も卒業すると決めてるんだから。
マインドコントロールをかけているのがおそらくばれているんだろう、日捲がにやつきながらこちらを見ていた。
「どうした。恥ずかしいのか」
「いやもうほんと、勘弁してください……」
「はは、大丈夫だ、安心しろ。キミのそれは恋ではないよ。女性経験が少なすぎてドギマギしているだけだ」
完全に図星だ。俺は押し黙る。
……しかし、だとすると、ヒューマノイドのいう「かわいらしい」とか「素敵」とか、それにはどんな意味があるんだろう。俺はこのドキドキをすぐに恋と錯覚してしまうけど、機械はどう感じているんだろうか? そもそもロボットに感情なんてあるのか? 何かあるたびに手放しで褒めてくれるわりには、彼女から一度も恋愛感情的なものを感じたことがない。
自分から聞くにはあまりにも自意識過剰すぎる気がしてそのまま黙って食事を続けていると、向かい側に腰かけた日捲が急に前のめりになった。第3ボタンまで開いた胸元がぐっと強調される。え、だめだめ、ちょっと日捲!! 見えちゃう!! 見えちゃうよ!!
「かわいいな。そんなにここが気になるか」
ぐい、とはだけたところをもう少しだけ引っ張って見せた。いやいやいやマジでやめて!!
「いや!! やめて!! 痴女!! ハレンチ!!」
「はは、ひどい言いようだな。誰にでもこうするわけじゃない」
キミが望むなら、僕はいつだって、いくらでも自由に触らせてあげるのに。
そこまで言われてから、俺はそういう仕掛けのからくりだったかのように椅子から飛び上がった。そのままバタバタと奥の部屋に逃げ込んでふすまを閉めると、日捲ののんびりした声が聞こえてくる。
「おーい。サラダがまだ残ってるぞ」
「すいませんお腹いっぱいです!! ちょっともう今日はこっちこないで!!」
「なんだ、このくらいで。つまらない男だな」
「だってセックスしないんでしょ!! 誘惑すんのやめて!!」
「相変わらず頭が固いなキミは。セックスはしないが、それ以外なら出来る」
「や、め、ろ!! 俺は初めては好きな子とって決めてるの!!」
「中学生の女子みたいだな……」
それだけ守備が固いのなら童貞喪失の心配もなさそうだな、という声とともに皿を片づける音が聞こえてくる。お願いだからその顔であんまり童貞とかセックスとか下品な言葉使わないで。
逃げるように部屋の隅にある段ボール箱へ身を寄せると、放置された書類の山の一番上に、薄桃色の封筒が見えた。そういえば中身を確認していなかったな。
わざわざ蝋で封をしてあるのがとてもおしゃれでこよみちゃんらしい。
中を確認するとやはり予想通り、分厚い和紙に謹啓うんたらかんたらと仰々しい文章が並んでいる。ひときわ目立ったのはこたび婚姻関係を結ぶ二人の名前だ。そうか、こよみちゃんは、もう天川こよみではなくなるのか……。
今日はなんて最悪な日なんだろう。修くん、とニコニコ笑いながら話しかけてくれるその笑顔を思い出すと、また泣きたくなってきた。
俺結婚式なんて行ったことないよ。どんな格好した方がいいんだろう。こよみちゃん、俺なんかを誘ってくれるなんて、本当にいい子だな。やっぱり好きだな。どうして結婚しちゃうんだ……。
どんどん病んでいって歯止めがきかないが、招待状を握りしめながらも、なんとか我に返った。やばい、俺女々しすぎる。普通にキモい。ストーカー化しそう。こういう奴が最終的に人殺すのかな。
自分が信じられなくなってきたとき、オサム、と台所から声が聞こえた。皿を洗っているのだろう、やたらカチャカチャと音が鳴っている。
ゾンビのごとく力なく這いずってふすまを少しだけあけると、やはりシンクの前に立っていた日捲が、こちらを振り返ってニヤニヤと笑っていた。
「安心しろ。キミの童貞は僕が護る」
「……」
いや、結構です。俺は再びそっとふすまを閉め、そのまま万年床に倒れ伏した。
「……こよみちゃん……」
あ、この封筒、なんかいい匂いする。部屋のディフューザーの匂いかな。
やはりストーカーの素質がありそうな俺はそんな気持ち悪いことを考えながら、一日の疲れを癒そうとゆっくりと目を閉じた。
マジカルどうてい☆タナカオサム おたんこなす @otancompass
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