第34話「イレギュラーな少女」

※※※


 魔王城の最上階。

 そこからはこの世界を見渡すことができるが――。


「な、なんだぁ、ありゃあ……」


 遥か彼方の天地で天変地異としか呼びようのない事象が発生していた。


 炎が空を龍の如く暴れ狂い、氷雪が荒れ狂い、雷が雨のごとく降り注ぎ、そして、地が裂けるような音とともに大震動が起こり、遠く離れているはずの魔王城にも振動が伝わってくる。


「ルーファ……」


 ずっと一緒に戦ってきたリイナには、今ルーファが死闘を繰り広げていることがわかった。遠く離れていても、固い信頼で――いや、それ以上の絆で結ばれているふたりは、お互いを感じあうことができた。


「……ふたりとも、どうなってしまうのでしょうか~……」


 ルナリイは気絶したままのミカゲを自分の膝の上で寝かせながら、雷鳴の暴れ狂う空を心配そうに眺める。


「……んにゅ……リュータ……わたしも、一緒に戦わせて……一最期まで……」


 気を失っているミカゲは瞳の端に涙を溜めながら、寝言を口にしている。


 誰もが、今、できることがなかった。


 転移魔方陣は特定の人間にしか発動せず、転移魔法は魔王城では使えない。

 仮にもしあの戦闘フィールドに行っても、足手まといになるのは間違いなかった。


 と、そこで――。


 七色の光が突如として魔王の間に出現し――驚きの表情の浮かべるリイナたちの眼前でひとつになった。まばゆいばかりの光がおさまったときには――背中に白銀の羽のある少年が立っていた。


「わわっ、誰!?」

「な、なんだぁっ!?」

「これはいったいどういうことでしょうか~?」


 驚くリイナたちに、その少年は微笑を浮かべて応える。


「やあ、お初にお目にかかるね、勇者パーティのみんな。まぁ、もっとも僕は君たちのことをずっと天界から眺めていたのだから、初めてっていう気はしないけどね」

「天界!? まさか、それって……神様!?」

「うん、話が早いね。そう。僕が神だ」


 そう言って少年――神は、笑みを深める。


「ええっ! 本当に神様なのっ!? なんで神様が魔王城にっ!?」


「ああ、ボクは魔王の味方ではないよ。もちろん勇者の味方でもない。僕は、そうだね……いわば、ゲームクリエイターみたいなものかな?」


「げぇむくりえいたー? なんだぁ、そりゃあ?」


 アーグルは首をひねる。なお、脳筋のアーグルは勉強が苦手で、特に横文字の類はまったく読めない。


「ふふ、わかりやすくいえば、この世界のすべてを創造し、司る存在が僕だ。どうかな? 第九十九回目の勇者と魔王の戦いは? キャスティングも含めて、ボクはこれ以上ないものを作ったと思うけれど」

「きゃすてぃんぐ?」


「……つまり~、あなたが今回の魔王と勇者を選び、戦わせたということですか~?」

「さすが元修道女は理解が早いね。そう。今回の勇者を選んだのも魔王を選んだのも僕だ。ついでに言うと第九十八代勇者と魔王をあべこべに転生させたのも僕だ。どうだい? なかなか面白いアイディアだったろう?」


「じゃあ、今の状況になってるのは、ぜんぶ神のせいなの!?」


 叫ぶように言うリイナに、少年――否、神は凶悪な笑みを浮かべてうなずく。


「ふふっ、その通りだよ。かつて世界を救った勇者が魔王になり、かつて世界を恐怖のどん底に陥れた魔王を勇者にする。ははははははははっ! どうだい、この上ない喜劇で悲劇じゃないか? こんな面白い物語、かつての神話にあったかい? 最高だろう? あはははははははっ!」


 神は自画自賛しながら、腹を抱えて笑う。

 その表情はいたずらがうまくいって、笑い転げる子どものようだった。


 しばしの間、魔王城に神の哄笑と嘲笑が響き渡る。

 そして――その静寂は、ひとりの少女によって破られた。


「このっ! ばかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 激怒したリイナが、神に向かって殴りかかったのだ。


「ははっ、たかが人間が神の僕を殴れると思っているのかい?」


 余裕の笑みを浮かべて、神はリイナに向き直る余裕すら見せる。

 だが――次の瞬間。


 リイナの拳は神の前に自動発動した七色の防御魔法壁を突き破り――神の頬を強かに殴りつけていた。


「んぐはぁっ――――!?」


 神は、いまなにが起ったのか理解できないといった表情を浮かべ――そのまま魔王城の壁に激しく背中から激突した。


 だが、リイナの怒りは収まらない。


「ばか、ばか、ばかーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! なんで、なんで、こんなことしたのっ!? なんでこんな、みんなを弄(もてあそ)ぶようなことをしたのっ!?」


 リイナは瞳の端に涙を浮かべながら、なおも神に向かって歩いていく。


「……『感情の激発による限界値突破』? なんだこのスキルは? 僕はリイナにそんなスキルを与えた覚えはないぞ?」


 神は切れた下唇から血を垂らしながら、リイナに現出した見知らぬスキルに目を見開いていた。


「あんたに、呼び捨てされる覚えなんてなぁーーーーーーーーーーーーーーいっ!」


 続いてリイナの回し蹴りが神に襲いかかる。


「ぐごぁっ――――!?」


 リイナの回し蹴りが炸裂し――神は今度は魔王城の天井に激突する。


「うおお、リイナっ!? なんだそのパワーはっ!」

「あら~~……」


 お転婆娘の格闘能力に、両親も驚き、呆れるばかりだ。


「ぐっ……」


 天井から落下した神は、羽を動かしてどうにか着地に成功する。しかし、たった二撃食らったとは思えないほど神の顔も体も羽もボロボロになっていた。


「っ……バカな……なんで神であるボクが、こんな原始的なパンチやキックで……」


 神はよろめきながら、信じられないような表情でリイナを見る。


「はぁっ、はぁっ……」


 リイナは今の攻撃でかなり消耗したのか荒い息を吐き、体がふらついていた。


「……まったく、意味のわからない存在だな、君は。まるで存在自体がバグだよ。僕は君をそこまで強くするつもりはなかった。あくまでも元魔王勇者と元勇者魔王の戦いがメイン。君は、おまけにすぎなかった。それなのに元魔王勇者にだけ与えたはずのレアスキルを君まで持っているし、オリジナルスキルとも呼べるものまで創造し始める。それじゃあ、まるで、神じゃないか――」


 そこまで言って、神は愕然とした表情になる。


「まさか、神化(しんか)――? いや、そんなことが――」


「はぁはぁ……あんただけは絶対に許さないからっ! みんなの愛を、恋を、人生を弄ぶ神なんて、神様なんかじゃない! そんなの神様だって、認めない! このっ、おおばかぁーーーーーーーーーーーーーー!」


 リイナの拳が七色に輝き始めるのを、“元”神は驚愕の表情で見た。


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