第32話「魔王城最上階~対面、そして、別れ~」


 第九十九代勇者パーティは石の階段を上がっていき、十三階へ到達した――。

 魔王の間に通じる絢爛豪華な扉を開き――ついに、勇者パーティは魔王の間へ入った。


「来たか」

「……ようこそ、魔王の間へ……」


 魔王の玉座に座るのは歴戦の冒険者といった風貌。

 目つきは鋭いが、口元には余裕の笑みを絶やさない。


 そして、その傍らに立つ魔導士姿の少女も不気味な笑みを浮かべている。

 なお、フードが後ろに下ろされているので、素顔を見ることができる状態だ。


「リュータァ! ミカゲェッ!」

「やっぱり、おふたりでしたか~」


 アーグルとルナリイがかつての戦友を見つけて声をあげる。リュータもミカゲも、多少、顔は魔族っぽくなってはいるが――かつてのパーティの顔を忘れるはずがない。


「ようっ、アーグルにルナリイ。元気そうだな」

「ん……三十歳を越えてから魔王の間まで辿りつくなんて、すごいこと……」


 あっさりと自分たちの正体を認めるリュータとミカゲは、かつての仲間との邂逅(かいこう)に柔らかな笑みを浮かべる。


「やはり、第九十九代魔王の正体は第九十八代勇者であったか……。我は第九十八代魔王グエルド……今は第九十九代勇者ルーファである」

「えっと、あたしは……おとーさんとおかーさんの娘、宿屋の看板娘のリイナ!」


 続いて、ルーファとリイナが名乗る。


「ああ、やっぱり勇者は元魔王だったか。というか、顔そのまんまだからな。で、リイナって子は、ルナリイに似てよかったんじゃねぇか?」

「ん……ルナリイは美形だけど、アーグルはどちらかというとおっさん顔だから……」

「おいおい、そりゃあねぇだろぉ~! 俺だって老け顔は気にしてるんだからよぉ~!」


 アーグルが笑う。リュータとミカゲも笑った。


 だが、そこで会話が途切れる――。

 しばしの沈黙のあと――ルーファは口を開いた。


「…………戦わぬ、ということはできないか?」


 戦闘狂の元勇者魔王に対して、理知的な元魔王勇者はさらに語りかける。


「これまでの歴史において魔王と勇者が戦わぬということはなかった。だが、今の魔王は前回の勇者。かつて世界を救った存在だ。それに、父上と母上のかつてのパーティである。その存在を倒すということは悲劇以外の何物でもない」


 それを聞いて、リュータはニィッと口角を吊りあげた。


「ははっ、なんだ、もう俺に勝つつもりでいやがるのか? まぁ、俺からしても、今の勇者パーティはかつての仲間に、その子どもと、子ども同然の存在、やりにくいことに変わりはねぇがな」

「ならば、ここで休戦をしようではないか。無益な戦いをしてもしかたなかろう」


「無益。無益か。そうだな。だが――」


 リュータは玉座から立ち上がる。


「おまえは俺と戦ってみたいだろ? 冒険をして、レベルを上げて、最強の敵の待つ場所にたどり着いた。なら――やることは決まってるだろ?」


「待て。確かに我は勇者として冒険をすることでバトルやレベリングの楽しさというものに目覚めた。しかし、それ以上に仲間の大切さ、家族の温かさというものを知ったのだ。だから、もしそれを失う可能性があるのなら――戦いは避けるべきだと思っている。湧き上がる戦闘欲求を抑えてでも」


「本当に理知的で理性的だな。さすが第九十八代魔王様ってわけだ。……だがな、一部の魔物は獣と変わらねぇ。俺の言うことを聞かない、いや、聞く知能のない魔物はたくさんいる。そいつらを野放しにすると、必ず犠牲になる人間が出てくる。魔王というのは災厄だ。災厄を野放しにするということは、永遠に止まらない雷、永遠に止まらない暴風雨、永遠にとまらない地震、永遠に鎮まらない噴火のようなもんだ」


「それは……だが」


「おまえも魔王だったからわかるだろ? 年月を経れば経るほど魔物は強さを増して、数も増えてくる。だから、たとえば俺やおまえがそいつらを倒して世界の平和を守るっていっても、いずれ追いつかなくなる。あいつら、いくらでも湧いて出てくるからな。だから、世界に真の平和を取り戻すためには俺を倒すしかねぇ」


 そんなことを言いながらも、元勇者魔王の口元は綻んでいた。

 その表情は、心から戦いを欲している者――戦闘狂のものだ。


「正直になれよ。おまえだって戦いたいはずだ。俺との決着つけたいだろ?」

「いや、しかし……」


「じゃあ、俺と戦わずに魔王城を出ていくのか? そうして、どうする? いくらでも湧いてでてくる魔物と戦い続けるのか? ただでさえ今は若者の冒険者離れがすごいそうじゃないか? そうなると、すべての町や村を守るのは不可能だぜ? 王都は騎士団がいるからなんとかなるだろうが、その他の村や町にはいずれ魔物の襲撃を受けるようになる。そうなれば非戦闘民の犠牲者は増えていく一方だ」


「むう…………」


 元勇者魔王の言うことは、いちいちもっともだ。

 魔王を倒さない限り、平和は訪れない。


 放置すればするほど、一般人に犠牲者が出ていく。

 それはかつて魔王だったルーファもわかっている。


 それでも戦わずに済む道を探したかったのだが――。


「だから、俺と全力で戦って、倒せ。もし俺がおまえを殺しちまった場合は、俺自ら死んでやる。一般人を皆殺しにして世界征服みたいなのは趣味じゃねぇからな。まぁ、王都でふんぞり返ってる王様の野郎は一発ぶっとばしてもいいがな。そもそも俺より弱ぇやつと戦う気は起きねぇし。一度は救った世界を滅ぼすのもバカらしい」


「リュータァ! そんなっ、なんとかならねぇのかよっ! おまえは前回、世界を救ったんだぜ? おまえがいなかったら俺たちの代は魔王と相打ちになることすらできなかった! おまえとミカゲが身を挺して世界を救ったんだ! それなのに、なんで、こんなことに……! こんなのってねぇぜ!おかしいだろっ!」


 アーグルはやりきれない感情を爆発させて、嘆く。

 お人好しの格闘家は、かつての戦友と戦うことを選べないようだった。


「……わたしも、リュータさんとミカゲちゃんと戦いたくはないです~……」

「うー、どうしたらいいのっ……! あたし、どうすればいいか、わかんないよっ!」


 ルナリイもリイナも、この状況に戸惑っていた。

 そんな第九十九代勇者パーティを見て、元勇者魔王は笑う。


「はははっ! 勇者パーティだってのに甘ぇなぁ! おまえら世界を救うために冒険してきたんだろ? なら、魔王に情けをかけてんじゃねぇ! 俺と戦って、倒せ! ……まぁ俺は人間を殺す趣味はねぇから、戦闘不能まで追い込んだらトドメは刺さねぇでやるけどよ。だから、安心してかかってこい!」


 それでも、第九十九代勇者パーティの戦意は上がっていない。


「……はっ、情けねぇ奴らだな。まぁ、こうなったら無理にまで戦うまでだ。だが、余計な奴らまで巻きこんでもしかたねぇな。こうなったら俺と魔王……いや、今は勇者か……その決着だけつければいいだろ。ルーファ、俺と一対一で勝負だ。魔王城じゃ狭いから戦闘用にとっておいたフィールドで思いっきり戦って、どっちが強ぇか決めようぜ? それさえハッキリすれば、俺はもうどうでもいい」


「……リュータ……わたしも、戦う……わたしも……リュータと一緒に戦いたい……」


「ミカゲ。おまえの気持ちはよーくわかる。俺だってルーファみてぇな見るからに強ぇやつを前にすると戦いたくてウズウズしてくる。だがな……こいつの強さ、ハンパじゃねぇぞ。かつての魔王とは比べ物にならねぇ。おまえが魔王の側近の力を最大限高めたといっても、瞬殺されかねない。あの四天王だって、割と簡単にやられたんだからな」


「……でも、わたしは……強いものと戦いたい……そして、最期の瞬間まで……リュータと一緒に、戦いたい……リュータと、一緒に、死にたい……」


 ミカゲは顔を上げて、自分の意思を伝えるように、しっかりと元勇者魔王の顔を見つめる。


「ミカゲ……そうか。そうだよな。おまえ、黒魔法使いだってぇのにいつも前衛に出てきて俺と一緒に戦ってやがったもんなぁ」


 リュータはミカゲの瞳を真っすぐ見つめ返す。

 そして、これまでにない柔らかい優しい笑みを浮かべた。


「……ははっ、なんだ、俺もリア充だったんだな。こんなかわいい女の子にここまで思われてたなんてな」

「……リュータ? ……か、かわいい? わたしが……?」


「ああ……ずっと言わなかったけど、おまえ、かわいいぜ? 少なくとも、俺にとってはな。いつも無理ばかりしやがってさ、俺、いつも冒険中は気が気でなかったんだぜ? おまえが死んだらどうしようってな。でも、いつもおまえは俺のそばを離れないで黒魔法ぶっ放しまくってたよな」


「ん……リュータとの冒険、楽しかった……一緒に強い魔物と戦うのが楽しかった……魔王と側近になってからも……毎日倒れるまでバトルできて楽しかった……」


「ああ。俺も楽しかったぜ。いつまでも続いてほしいぐらい楽しかったな。おまえといられた時間、本当に充実していたぜ?」


「ん……わたしも、充実していた……」

「ああ、だから、ミカゲ。……最後に言っておくぜ? 俺は、おまえのことが好きだ。愛してる」


「っ……りゅ、リュータっ? ……本気?」

「ああ、本気だ! 俺はおまえのことを愛している」


 突然の告白に、ミカゲは驚いたように目を見開く。

 そして、ミカゲは涙ぐみながらうなずいた。


「……わたしも、リュータのこと……好き……愛してる……」


 ふたりは勇者時代には言えなかった想いを伝えあった。


「ははっ、ありがとよ、ミカゲ。俺のこと好きだって言ってくれて。……それじゃ、ミカゲ」

「……なに?」


「……やっぱり、おまえが死ぬ瞬間とか見たくねぇし、俺の死ぬところも見られたくねぇって思ってな。だからさ……、悪りぃが、ちょっと寝ててくれ」

「えっ? ……リュータっ……? ……っ!?」


 リュータは手を振りあげると、ミカゲの首筋に軽くチョップを叩きこむ。

 ミカゲはその攻撃を受けて、ドサッとその場に倒れこんだ。


「……ま、これでしばらく起きねぇだろ。俺が死んだら魔族や魔物は一瞬で消え去る。寝ている間にすべて終わるから、それまで寝て待ってろ」


 リュータはミカゲに別れを告げると、ルーファのほう顔を向ける。


「こっちの話はすんだぜ? それじゃ、転移魔法陣を使って荒野へ移動するか」


 だが、そこでリイナが声を上げた。


「行っちゃダメっ! なんでっ!? なんで元勇者と戦わなきゃいけないのっ!? それに、そのミカゲちゃんって子とお互い好きだってわかったんでしょ? それなのに、こんなの、おかしいよ! 幸せにならなきゃ、おかしいよっ!」


 リュータとミカゲのやりとりを見ていたリイナは感情を激発させる。

 そんなリイナに、リュータは驚いたような表情を浮かべた。


「ははっ、こっちの心配するたぁ、優しいな。さすがルナリイとアーグルの子どもだぜ。いいんだよ、俺たちはこれで。俺とミカゲがイチャイチャラブラブして家庭を築いて子を育てるとか、想像できねぇしな。戦って消えていくのが俺たち戦闘狂にふさわしい」


「だがよぉ、リュータ! 俺は、おまえが消えるのも、ミカゲが消えるのも嫌だぜぇっ! なんとかならねぇのかっ! こんな無茶苦茶な運命っ!」

「ありがとよ、アーグル。おまえにはいつも心配ばっかりかけてばっかりだったな。その気持ちだけで十分だ。ルナリイと達者に暮らせよ」


「……リュータさん~……」


「ルナリイもそんな悲しそうな表情すんなって。本当に俺、魔王になってから毎日充実してたんだぜ? これだけバトル三昧の日々を送ったんだから、十分だ。平和な時代に生きるのはルナリイやアーグルのような存在だ。もし俺とミカゲが魔物も魔族もいない平和な世界で暮らしていたら毎日が退屈でしかたなかったと思うからな。きっと平和な世の中じゃ適合できずに問題起こしてたろ。……ま、そんなところで、話は終わりにするか」


 元勇者はかつてのかつての仲間たちに別れを告げると、ルーファに顔を向ける。


「それじゃ、始めようぜ、ルーファ。第九十九代勇者と第九十九代魔王のガチンコ勝負だ。ま、第九十八代勇者と第九十八代魔王の戦いの延長戦でもあるがな」

「うむ…………。そちらの覚悟は十分に伝わった。ならば、それを受け止めて全力で戦うのが武人の務めであるな」

「ああ、思いっきり楽しもうぜ。一世一代、最後の戦いってやつをよ!」


 その言葉ととともにリュータとルーファの足元に魔方陣が現れ、輝き始める。

 あらかじめ、特定の人物だけに発動する転移魔方陣を床に仕込んでおいたのだ。


「ふたりとも、行っちゃだめーーーっ!」


 リイナが叫ぶが――魔方陣からすぐさま転移魔法が発動し、ふたりの姿は魔王城から消え去った。

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