第16話「城下町の夜景と、この世界への思索」

☆☆☆


「……さて、今日のレベリングはこんなところか」

「うん、そろそろ城下町へ戻ろっか!」


 洞窟を出たルーファとリイナは最初の村周辺や城の周りをぐるぐる回って魔物を倒し、レベル上げをしていた。


 結果として、レベルはルーファが3、リイナは5上がった。

 意図的にルーファはリイナにトドメをとらせて戦闘経験値と上げたのだ。


 今ではだいぶリイナも戦闘に慣れてきて、攻撃も防御も回避も十分こなせるようになっている。ルーファもロングソードの扱いにだいぶ慣れてきて、熟練度が上がった。


「あ、ルーファ、夕日がすっごくきれいだよ!」」

「む……ああ、本当だな」


 平原の向こうの岩山――洞窟のある方角に夕日が沈んでいく。

 ちなみに、ふたりはいま王都付近にいる。

 位置関係でいうと、王宮の西側に最初の村、続いて、洞窟がある。


 なお、ふたりの出身の村は王都の南にある。

 王都の北と東は、険しい山脈となっていて天然の要害だ。王都の南をずっと行けば港があり、そこから船で別の大陸へ行くことができる。


 そこの交易で上がった利益で王はぜいたくな暮らしをしている。

 交易の商人もアーグルの宿の大事な客だった。そもそも商人たちから情報を集めるためにアーグルたちはその村に宿を開いたということだった。

 まぁ、商人は町に泊まるほうが多いので、アーグルの宿はそんなに繁盛していなかったのだが。

 ともかくも――魔王城を目指すふたりとしては、洞窟を抜けて西を目指していくことになる。


「んーっ……! 疲れたっ! 早く宿屋で休もっ♪」

「うむ」


 両手を空へ上げて気持ちよさそうに伸びをするリイナに、ルーファはうなずいた。



 薄暗くなったとはいえ、城下町は活気がある。

 魔物が現れ始めたにもかかわらず、城下はいまだ泰平の世が続いているかのようだ。


 もっとも、王都を守る騎士団がいるので、たとえ魔物たちが攻めてきてもなんとかなる。緊張感も持ちようがないだろう。


(……辺境の村となるとこうはいかぬだろうが……)


 そういう村を守る意味でも、土着した元冒険者たちは役に立っている。

 リイナの両親なんかもそうだが、意外と冒険者たちは田舎に土着したものが多い。


 元冒険者たちは王都のような都会の暮らしよりも、スローライフ的なものを求める傾向があった。だから、田舎で田畑を耕したり、山に住んで獣を狩ったり山菜をとったりしたり、高原で牧場を営むものも多い。


 だが、中には冒険者が土着しなかった村もある。

 そうなると、村人たちが自警団を結成したり、あるいは元冒険者がいる村に助けを求めたりする。


(……民のためには、早く魔王城のもとへ行って魔王を倒さねばならぬな……)


 しかし、まだまだ道のりは遠い。そして、レベルを上げないことには魔王を倒すことはできない。


 今回の魔王は好戦的で、最初の村でいきなり強制戦闘イベントを起こしたり洞窟の出現魔物の数を増やすなど、なかなか厄介な性格のようだ。

 元魔王だからこそ、現魔王が難易度を上げてきていることがよくわかる。


「あ、魔法灯がつき始めたよ!」


 リイナの弾んだ声に誘われて目線を上げると、街路に整然と並ぶ魔法灯に一斉に灯がつき始めた。

 魔法灯とは、その名のとおり魔法の灯(ともしび)だ。火系魔法を透明な玉の中に閉じ込めてあり、暗くなると自然に発動して街を明るくしている。


 十年ほど前にはなかった技術だが、元冒険者の魔法使いたちが集まってさまざまな魔道具を開発したのだ。


 戦士系の元冒険者が田畑を耕したりする一方で、魔法使い系の元冒険者は発明方面に進むものも多かった。中には得意な火の魔法を生かして銭湯を経営するものもいた。元冒険者たちのセカンドライフも様々なのだ。


 ともかくも――レンガ造りの建築物に魔法灯は独特の都市情緒を醸し出している。

 王都メインストリートの魔法灯と屋台は知られた観光名所だった。


 なお、太平の世になってから観光ガイド本のようなものが出たり、あるいは自分の経験した冒険を綴った書物もさまざま出されており(もっとも、誇張のある冒険譚も多くフィクションとノンフィクションの境界も曖昧だが)、ベストセラーになったりもしている。一番過酷な冒険をした勇者パーティの誰もが本を書いてないというのが、なんとも言えないところであるのだが……。


「幻想的できれいだねぇ……♪ これが王都の魔法灯かぁ……♪」


 リイナはうっとりした表情で街路を眺めていた。

 ルーファとリイナの住む村には魔法灯はない。昔ながらの植物油を使っている。


 白魔法使いのルナリイは当然、光の魔法も使えるが、魔力は怪我人や病人を治すために優先的に使いたいということで、生活の利便性のためには使わなかった。


 父親のアーグルは『確かに便利な魔法具はたくさんできたが、便利になれちまうと体も頭もなまっちまう! 道具に頼らず、自分を磨け!」などとよく言っていた。

 だから、宿屋の生活もわりと質素だった。


 魔道具で調理をするほうが早いのに拾ってきた薪を使って火を起こし竈で調理をしていた。だが、そんな野趣溢れる宿屋は割と評判で、アーグルとルナリイの人柄を慕うものも多く常連もいた。


「やっぱり、都会ってすごいね~! 人も多いし、街もきれいだし、お店もたくさんあるし、アイテムもいっぱいあるし!」


 年頃の女の子であるリイナは、都会にすっかり夢中だ。


「うむ……十五年の平和の間、順調に繁栄していったというところだな」


 魔王時代に水晶で王都を覗いたときは、ここまで発展していなかった。そもそも、魔王城だって、蝋燭の火を使って場内を照らしていたのだ。おそらく、今だってそのままだろう。


(人間というのは、本当に小細工が上手いものであるな……)


 魔族は基本的に道具を作り出したり使ったりはしない。己の固有スキルや能力に頼った戦い方や生き方をする。

 だが、人間は道具を発明したり使ったりすることで自分のスキルや能力以上の力を発揮する。


(それに比べて、魔族のなんと工夫のないことか……)


 こう考えると、最終的にはいつも魔族が人に勝てない理由がわかる気がした。


「それじゃ、宿屋へ行こっか!」

「む、もういいのか?」

「うんっ、ずっと戦ってたから汚れてるし、疲れてるし……お風呂入ってご飯食べて早く寝よっ♪」

「ああ、そうであるな……今日は早めに休むか」


 ルーファとリイナは城下町のメインストリートを離れて、宿屋街へ向かった。

 ここにきたときに確保してもらった高級宿屋ではなくて、庶民的な宿屋を探す。


(……勇者に魔王を倒せというからには、王国の宿屋も武器屋もすべて無償で協力すべきな気もするのだがな……)


 前回部下からの報告を受けながら思ったのだが、勇者の待遇というのは極めて悪い。

 なんで命がけで国や民のために戦ってるのに、宿屋で金をとられ、武器防具にまで高い金を払わねばならぬのか。

 そう考えると、勇者は王様や民のために働く馬車馬のような存在なのではないかと思わざるをえなかった。


(……もっとも、その憐れんでいた勇者に我がなってしまったのだからな……皮肉な運命であるな……)


 なぜこんなことになってしまったのか。

 それは元魔王の優秀な頭は、ある程度予測をしていた。


 おそらくは、神のしわざだ。

 魔王よりも、勇者よりも、上位の存在――この世界を創った神。

 そのいたずらとしか思えない。


(こうなったからには……神の掌で遊ばれるのも一興か)


 魔王城でもう一度魔王をやるよりは、よほど充実しているのは確かだ。

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