第15話「かつての冒険者は宿屋の夫婦」

※※※


「ぶえっくしょん!」


 宿屋のカウンターで宿屋の亭主――かつての勇者パーティの格闘家アーグルはくしゃみをした。


「あら~、あなた風邪ですか~?」


 そして、宿屋の亭主の妻――かつての勇者パーティの白魔法使いルナリイが気づかう。


「いやぁ、なんか誰か噂でもしてんのかなぁ~? へへっ、もてる男はつらいぜ」

「うふふ~……浮気したら混乱の魔法で自分で自分を半殺しにしてもらいますからね~ あなたの拳の破壊力は抜群ですから、すぐに戦闘不能にできそうです~♪」


「は、ははは……冗談だって。浮気なんてするわけねーだろっ……」


 白魔法も使い方によってはエゲツナイ戦い方ができることを、勇者パーティとして過ごしてきたことのあるアーグルはよく知っていた。


「それよりも、リイナたちうまくやってるか心配だぜ……ああ、俺も一緒についていけばよかったかなぁ……」

「うふふ~、ルーファもいるし大丈夫ですよ~。あの子からはすごいポテンシャルを感じますし~、あの冷静沈着っぷりがあれば、どんな困難でも乗り越えてゆけますよ~」


「ああ、リイナだけだととてもじゃないが冒険に行かせられねぇが、ルーファはしっかりしてるからなぁ」

「本当にルーファはしっかり者ですよね~。なんというか風格があるというか~。大人であるわたしたちよりも威厳あるというか~。……でも、ふたりが冒険に出てしまうと、家が本当に静かになってしまいますね~……」


「ああ、今日は宿泊客もいねぇしな……冒険譚を聞かせる相手がいないとつまらねぇぜ。リイナ、いまどこにいるかなぁ……気にし始めたら、気になってしかたないぜ」

「そうですね~……ずっと家族四人ですごしてましから~……ちょっと寂しいですね~」


 血はつながってなくとても、ルーファはアーグルとルナリイから実の子のように愛情を注がれていた。


 気のいいオヤジのアーグル、優しくておっとりしているルナリイ、お姉さんぶるリイナ、冷静沈着なルーファ、まるで冒険パーティのようにバランスのとれていた家族構成だった。


「やっぱり四人ってのは落ち着くんだよな。リュータやミカゲがいるときも毎日楽しかったからなぁ」

「そうですよね~、冒険の日々、本当に楽しかったです~。……でも、本当にリュータさんとミカゲちゃんは残念でした~……」


「ああ、まさかあんな結末になるたぁなぁ……」


 魔王城に乗りこんだ四人は、数々の強敵魔族と魔物を蹴散らして、ついに魔王の間にたどり着いた。


 そこで戦闘狂と魔法狂のリュータとミカゲは意気揚々と魔王に挑みかかり、最後は魔王と勇者は相討ち。そのとき至近距離にいて攻撃魔法を使おうとしていたミカゲも魔王の身体が爆発するとともに消し飛んだのだ。


 残されたアーグルとルナリイは、もちろん必死にふたりの行方を捜した。

 だが、魔王城にも――そして、魔王城から王都へ戻る道中の村や街にもふたりの姿はなかった。


 おそらく、魔王の爆発とともにリュータもミカゲも亡くなったのだろう。遺体も残らないほどに。

 そう結論を出すしかなくなった。


 アーグルとルナリイは王都へ戻って王様に、勇者の最後の戦いを報告。

 勇者の代わりに多大なる褒賞を与えると王様は言ったが、アーグルとルナリイはそれを固辞。

 これまでの冒険で貯めたお金を元手にして、村で宿屋を始めることにしたのだった。


 宿屋をやっていれば、行商人や旅人が宿泊する。

 彼らの中に、リュータやミカゲらしき人物を見なかったか訊ねるのがアーグルとルナリイの仕事の一部みたいになっていた。


 もしかしたらふたりは生きていて、魔王城からどこかの村へ飛ばされて、記憶をなくしているのではないか? あるいは新たなバトルを求めてどこかの大陸に渡っていったのではないか――?


 だが、リュータとミカゲらしき人物は見つからなかった。

 やがて、ルナリイが懐妊していることがわかった。


 リュータとミカゲを捜す旅に出ようかという相談もしていたのだが、結局、アーグルとルナリイは村に土着して宿屋を営み続けることにしたのだった。


「あれから十五年か……」

「長いようで短かったですね~」


 その間、リイナはお転婆な格闘少女に成長していった。

 そして、村で老爺と暮らしていた少年――ルーファを、天涯孤独となったところで引き取った。

 ふたりを育てながら宿屋の運営をしているうちに歳月は過ぎていったのだ。


 最初の頃は、魔王を倒した勇者パーティの宿ということで大盛況だったが、人々から魔王や魔物の記憶が薄れるにしたがって、客足も遠のいていった。


 乱世の英雄も、平和な時代には不要の存在だった。

 だが、アーグルとルナリイはそれでいいと思っていた。


 もう冒険の時代は終わりを告げたのだ。

 地に足をつけて、村で暮らしていく。


 子を産み、育てていく――。

 それこそが、本来の人間の営みだと思ったから。


 だが、この年になって魔王が復活して――神託によりルーファが勇者に選ばれた。

 通常は百年に一度の魔王復活が、こうも早くなったのだ。


「俺ももう少し若ければ、冒険についていったんだがなぁ……ああ、やっぱり、いまからついて行こうかな、宿屋は閉めてよぉ」

「うふふ、若い子たちの冒険を邪魔してはだめですよ~? 冒険っていうのは若い子たちの特権ですから~♪」


「そういうもんかねぇ? 俺たちの時代にも、いい年して冒険してる連中、けっこういたじゃねぇか」

「うふふ、わたしたちが無職だったらもう一回冒険に出るのも面白いかもしれませんけど……宿屋はこれから繁盛していくはずですしねぇ……。それに、村に誰かいないと、もし魔物が襲撃してきたときに撃退できませんよ~? この村にいる元冒険者はあまりいないですし~」


「ああ、そうだなぁ。村を守るのも大事な務めか」

「ええ、あの子たちが帰る場所をしっかり守っておきませんと~。もっとも、ふたりがいい雰囲気になっちゃって、もう村に帰らない可能性もあるかもですけど~」


「おいおい、やめてくれよ、ルナリイ! まだリイナをルーファにくれてやるつもりはねぇぞ! というか、そもそもリイナとルーファは家族だろっ!」

「うふふ~♪ 確かに家族同様に過ごしてきましたけど~、戸籍は提出してないんですよね~。ですから~、法的にはリイナとルーファは義理の姉弟ではなくて、赤の他人です~」


「な、なんだとぉっ!?」

「ま~、いいじゃないですかぁ~。姉弟として家に帰ってこようと、カップルになって帰ってこようと、歓迎してあげましょう~♪」


「ちょ、ちょっと待てぇ! いや、まさか、そんなリイナに限って」

「ちなみにあの子には伝えてますよ~♪ 家族同様に暮らしてきましたけど、ルーファとは法的な家族関係じゃないので、好きだったら結婚して大丈夫って~♪ そしたら、リイナ、お母さん、あたしがんばる!って言ってました~」

「ぐああああああああ! リイナ! まだまだおまえには結婚は早すぎる!」


 ちなみにこの世界では、十五歳から結婚できるので、年齢的にも問題ない。


「うふふ~♪ まあ、婚約までならいいんじゃないでしょうか~。十八歳ぐらいで結婚がベストかなと思います~」

「いやだぁああ、リイナーーーーーー! おまえは二十歳ぐらいまでお父さんと一緒にいてくれええええええ!」

「まったく、しょうがないですね~。娘の恋路を邪魔するお父さんはぁ……え~いっ♪」


 ルナリイは白魔法を行使する。


「うおっ、ルナリイっ……! ……むにゃむにゃ……」


 睡眠魔法をくらったアーグルは、すぐにその場で眠りに落ちてしまう。


「うふふ~♪ やっぱり格闘家は脳筋なので、魔法がかかりやすいですね~♪」


 ルナリイは慣れた手つきアーグルの頭を抱えると、膝枕をした。


「リイナ、ルーファ、いろいろとがんばるんですよ~♪ つらいときはいつでも帰ってきていいですから~♪」


 若い頃の自分たちの冒険を思い出しながら、ルナリイは冒険しているであろうふたりの子どもたちに声援を送る。

 アーグルも冒険の夢を見ているのか、楽しそうな寝顔だった――。

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