第11話「元勇者魔王の哄笑と初めての洞窟探検」

★★★


「魔王様っ、勇者たちが洞窟へ向かうようです! 洞窟の魔物たちにはどのような指示をいたしましょうか?」


 魔王城へ戻った元勇者魔王は玉座に座って休んでいたが、そこへ水晶を手にした側近がやってきた。水晶には仲良く城下町を出て洞窟へ向かう元魔王勇者と宿屋の娘の姿が映っている。


「ちっ、イチャイチャっぷりを見せつけやがって……! これだからリア充は……」


 といっても、勝手に覗いているので文句を言うのは筋違いであったが――彼女がいないまま終えた自分の人生を思い出して、ちょっとどころかかなり心が荒れ気味な元勇者魔王様であった。


「…………全力で叩き潰せ」

「ぜ、全力でですか?」


 据わった眼で指示をする魔王様の迫力に、側近はあとずさる。


「ああ。ここで勇者を亡きものにするぐらいの気迫をもってやれ! と伝えろ!」

「か、かしこまりました!」


 闇の闘気を周囲に漂わせながら命じる元勇者魔王に、側近は震えながら頭を下げた。


(まぁ、俺が出向けばサクッと倒せちまうが……でも、俺が勇者時代に味わった苦労も知ってもらわないとな。……そして、最後に魔王城であのむかつく勇者を倒して、それまでの苦労を水の泡にしてやる!)


「ククク…………! クフフフ…………! クハハハハハハハハハハァッ!」


 すっかり闇落ちしつつある元勇者魔王は、魔王らしい見事な哄笑を上げるのであった。


☆☆☆


「あっ、ここみたいだよ、洞窟の入口!」

「うむ、ここだな」


 ルーファとリイナは洞窟の入口までやってきた。

 巨大な岩石に囲まれてできた穴――というよりは裂け目。


 だが、その裂け目の大きさは優に人間三人分ほどの高さがあった。なお、横幅は人間が四人並べるほどだ。無論、ここまで広いのは入口だけ。中に入れば狭くなっていく。


 もちろん元魔王であるルーファの頭の中に洞窟の構造は頭に入っているし、出現する魔物やボスのことも覚えている。


(……我のときは魔物の出現はあまり増やさず、洞窟の静寂さ、不気味さを味わってもらおうという趣向であったが……さて、今回の魔王はどうでるか……いきなり強制イベントでバトルをしかけてくるような外道だからな……)


「よーし、洞窟探検開始ー! 宝箱いっぱいあるといいなーっ!」

「おそらく五個はあるだろう」


「えっ、なんで?」

「あ、いや……なんとなくな」


「なんとなく? それなのになんでそんなに具体的なの?」

「それでは、いくぞ」


「あっ、待ってよ、ルーファ!」


 つい口が滑ってしまったが、自分の正体が元魔王ということを口にしたところでメリットはない。

 ルーファはリイナの追及から逃れるように率先して洞窟の中へ入っていった。


(それに、今回は我も本気でやらねばな……ここは我が先頭のほうがいい)


 元魔王の直感で、これからの戦いが厳しくなりそうな気がしていた。


(まぁ、いざとなったら途中で引き返せばいい)


 そう。戦いとは――最後まで冷静だったものが勝つのだから。



 そうして、ルーファとリイナは洞窟を進み始めた。


 洞窟内は緑色に光るヒカリゴケが左右の壁と天井に繁茂しているので、松明(たいまつ)なしでも進むことができる。


 初心者にも優しい親切設計である。


「うわー、きれいっ! すごいね~♪ これがヒカリゴケの洞窟なんだぁ♪」


 宿屋が暇なときは、よくリイナの両親は冒険の話を聞かせてくれた。それでリイナも予備知識がある。


 ヒカリゴケにすっかり見とれてしまっているリイナだが、ここは魔物の棲息する洞窟だ。いつエンカウントするかわからない。


「リイナ、油断するな。いつ敵が襲ってきてもおかしくないぞ」

「えー、でも、せっかくの洞窟なんだから楽しまないともったいないよ!」


 どこまでも緊張感のないリイナだった。


(まぁ……初めての冒険で浮き上がるのも無理はないか……)


 元勇者魔王も一応初めての冒険なのだが、魔王時代に勇者の冒険を見ていたのでどうにも新鮮味がなかった。


 それに出てくる魔物の種類もボスもすべてわかっているのだ。それではドキドキしないし感動も味わえない。


(いや……そうではないな。確かに我はすべてを知っている。しかし、魔王時代はレベル99であったが、今はレベル5の軟弱な人間にすぎぬ。一歩間違えば死ぬことになる)


 それを意識した途端、これまでにない高揚感を覚える。


(……そうか……ひとつのダメージが命取りになるかもしれぬ……これが冒険のスリルというものか……)


 レベル99の魔王にとって洞窟の魔物の攻撃なんて蚊に刺されたほどにも感じない。


 むしろ、魔王である自分の血を吸った蚊は魔王の隙をついた隠蔽能力と武勇を十分に称賛したのち、魔界最高峰の暗黒火炎魔法でオーバーキルしてやったぐらいだ。


 しかし、脆弱な勇者は洞窟の魔物相手にも常に緊張感を強いられることになる。

 そう思うと、魔王時代は緊張感とは無縁な生活であった。


 絶対的強者は――強すぎるがために退屈なのだ。


 力の差が歴然としているので、魔族の中に魔王の座を脅かそうとするものもいない。


 基本的にはずっと魔王城にいて作戦会議。まれに視察に向かうこともあったが、部下たちは魔王への畏怖をあらわにしており、ほとんど平服していて、ろくに話もできない。


 絶対的強者は――強すぎるがために孤独でもあった。


(……人間どもは弱いがゆえに群れる。だからこそ、こんなにも喜怒哀楽が豊かなものになるのかもしれぬな……)


 そんな魔族と人間についての思索を深めながら進んでいると――。

 洞窟の向こうから「キキキ!」という甲高い鳴き声とともに、赤い色をした蝙蝠が三体現れた。




 

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