第12話「一緒に戦うということ」

「わわっ!? 魔物出たぁっ!」

「吸血蝙蝠だ! 血を吸われたら毒に、爪で引っかかれたら麻痺状態になるぞっ!」


 初戦から、状態異常攻撃を持つ厄介な相手だ。


 自分が魔王のときは吸血蝙蝠はこの洞窟では同時に二体しか出さなかったが、ここで三体出してくるとは悪意を感じる。


 攻撃力・守備力・HPは低いが、敏捷性が極端に高くて身体も小さいので攻撃があたりにくい。しかも、最初から敵意マックスだ。


「リイナはとにかく回避に徹しろ! 我が倒す!」

「ええー、あたしも攻撃したいよっ!」

「素手での格闘では状態異常をもらうリスクが高まる、我がロングソードで仕留める」


「でも、まだルーファ、ロングソードに慣れてないでしょ?」

「大丈夫だ!」


 魔王時代は長大な魔剣で勇者と渡りあったのだ。

 人間に転生してからは使う機会がなかったが、心は剣の扱い方を覚えている。


(本当なら前回の勇者のように十分なレベリングをしてロングソードに慣れておくべきなのだろうがな)


 しかし、無益な殺生はしない主義だ。

 だが、こちらに明確な害意をもってくるのならば――容赦はしない。


「キイイ!」


 吸血蝙蝠たちはまずはルーファを倒すべきと判断したのだろう。

 三匹一斉にルーファに襲いかかってきた。


「くっ、やたらと好戦的であるなっ」


 顔面を狙ってきた一匹目をかわし、こちらの腕を狙ってきた二匹目もよけて、最後に背後から首筋を狙ってきた三匹目に振り向きざまに剣を振り下ろす。


――ザンッ!


 わずかながら、手ごたえ。三匹目の羽の端のあたりに攻撃がヒットしたようだ。


 だが、相手にどれだけのダメージを与えたか確認している間もなく――次々と蝙蝠たちはルーファを集中攻撃をしかけてくる。


 まとわりつくように飛び回りながら、次々と爪と牙の攻撃をヒットさせようとしてくるのだ。


 攻撃力は低くても攻撃をくらえば高確率で状態異常になる。

 やはり、厄介な相手だ。しかも、複数となると――。


「むうっ、こういうときは、死角をなくすことだ」


 ルーファは壁を背にして、三匹の吸血蝙蝠に対する。

 動きは制限されるが、これで背後から襲われることを防げる。

 そして、剣を構えてルーファは迎撃の体勢を整えた。


 ここからはかわすよりもカウンターで倒していく方針に切り替えることにした。


「キイイ……」


 一切の隙なく剣を構えるルーファに、吸血蝙蝠たちは滞空したまま攻撃に移れなくなる。そのまま睨みあいになるが――ルーファの目は、さきほどダメージを負って飛び方が不安定になっている蝙蝠をしっかりと捉えていた。


(よし……まずはあいつを倒そう。次に三匹が攻めてきたときは二匹を無視して、あの手負いを仕留める!)


 魔王時代は圧倒的な力があったので、小細工を弄することも、敵と駆け引きをするということもほとんどなかった。そもそも、勇者が魔王城に来るまで戦闘の機会もなかったのだ。


(そうか、これが戦闘の楽しみというやつか)


 戦闘狂と呼ばれた勇者のことを思い出した。

 確かに、戦闘は楽しい。


 レベルが低いからこそ、相手と実力がそこまでは慣れてないからこそ、駆け引きも生じる。ひとつの攻撃のヒットで勝敗が左右しかねない。

 そこに戦闘の醍醐味がある。


「キィイイイイ!」


 吸血蝙蝠たちはまるで自分たちを鼓舞するように鳴き声を上げながら、果敢に攻撃をしかけてきた。


 吸血蝙蝠たちもわかっているのだ。

 さっきまとは違い、ルーファは迎え撃つ体勢を十分に整えている。

 その中に飛び込んでいくのは――命がけである、と。


「ふむ、称賛に値する武勇であるな!」


 ならば――全力で迎え撃つのが戦う者の務め。

 そして――勝者は最後まで冷静だった者である。


 ルーファは急降下して襲いかかってきた一匹目を左に跳んで避け、続けて斜めから切り裂くような速さで攻撃をしかけてきた二匹目を剣でわずかに爪を弾きながら身体をさらに横に流し――力を振り絞って真っすぐ殺到してきた手負いの三匹目を、逆にこちらから踏み込んでいって、正面から思いっきり斬り下げた。


 ――ズバシュッ!


 確かな手ごたえ。

 そして、黒く発光して霧消する蝙蝠。


 だが、もうそこにルーファの姿はない、。

 すでに反対側の壁に向けて駆けていって再び背後の死角をなくす。

 また、先ほどと同じように生き残った二匹の吸血蝙蝠に対する。


「キキィッ……!」「キィイッ!」


 仲間がやられたことで一匹はひるみ、もう一匹は怒りを露わにする。

 種族が違えど、魔族たちにも感情はある。

 戦闘中の研ぎ澄まされた精神だと、なおさら魔族たちの感情がわかった。


(もともと我は魔王であるからな。なおさら、魔物たちの感情に鋭敏だ)


 だが、一方で――。


「わー、ルーファ! すごい、すごーいっ♪ めちゃくちゃ強いじゃん!」


 リイナは能天気に喜んでいた。

 戦闘域から離れていることもあって、緊張感がない。


「リイナ、油断するなっ!」


 そして、リイナの高い声は、魔物たちの注意を引きつけることになった。


「キィイ!」「キィーーー!」


 蝙蝠たちはリイナのほうへ一斉に向きをかえて飛んでいった。


「わわーーっ!?」


 吸血蝙蝠の来襲に備えて剣を構えていたルーファの動きは、遅れている。


 仲間を殺された怒りに燃える吸血蝙蝠と、ルーファには敵わないがこの弱そうな女の子なら攻撃できると考えた吸血蝙蝠がリイナに同時攻撃をしかける。


「きゃあぁっ! こっちにこないでってばぁ!」


 慌てたリイナが拳を振り回したが、空振り。

 一匹目は腕を交わしたあとに爪でリイナの太ももを傷つける。


「きゃんっ!?」


 続いて、二匹目の蝙蝠が、振りおろしきったリイナの腕に噛みつき、すぐに天井のほうへ逃げていく。


「いったぁっっ!? やん、噛まれちゃったぁっ!」

「リイナッ!」


 駆けつけたルーファは、リイナをかばうように前に立つ。


「うぅっ……ルーファっ……ごめん、油断しちゃった」

「いや、我の注意不足であった。すまぬっ」


 目の前の戦いに熱中するあまり、リイナのことが疎かになっていた。


 魔王時代はひとりで好き勝手戦っていてもよかったが、仲間と冒険するからには、それだけではだめだ。そのことをこの戦闘を通して痛感した。


「あ……体、痺れてきた、それに気持ち悪いっ……」


 状態異常が発生し、リイナは麻痺と毒の両方をくらってしまった。

 その場に膝をついてうずくまってしまう。


「キイイ! キイイ!」「キー!」


 そして、こちらを一人戦闘不能に追い込んだことで吸血蝙蝠たちは勢いを取り戻していた。興奮したように甲高い鳴き声を上げまくる。


「……さっきまでは戦闘意思を喪失したら逃がしてやろうと思っていたが……リイナを傷つけたからには、もう許さぬぞ」


 ルーファは目を細めた。かつての魔王時代なら闇の闘気が身体の周りに展開されていたことだろう。


「キイイイ!」「キーーーーー!」


 だが、興奮状態にある吸血蝙蝠たちはもう攻撃のことしか考えられなくなっていた。そう。冷静さを欠いたのだ。


「愚か者めがっ!」


 なんの工夫もなく真正面から襲ってきた吸血蝙蝠たちのうち最初に突っ込んできた一匹を上段から一刀のもとに切り捨てる。そして、切り下げた剣を再び斬り上げ――瞬時にもう一匹を真っ二つにした。


 魔王時代にも得意とした二連撃。


 上段、下段からの連撃はどんな硬い鎧をも斬り裂き、複数いる相手も間髪入れずに斬ることができる。


 この技を人間の体で使うことは初めてだったが、元魔王勇者は魔王の必殺技を勇者の体で見事に成功させていた。


「す……すごい、ルーファ……」


 リイナは状態異常の中でも、感嘆の声を上げていた。


「リイナ、今すぐ毒消しを使うからな!」


 ルーファは自分の道具袋から毒消しを取り出す。


「それじゃ、治療するぞ」

「うん、ありがと、ルーファ……」


 ルーファは毒消しの葉をリイナの傷口に押しつける。


 毒消しは一見、ただの葉っぱだ。薬草は青い筋の入った緑の葉っぱだが、毒消しは赤い筋が入っている。それを傷口に押しつけることで止血になり、徐々に状態異常が回復していく。


「んっ……」

「痛いか……?」

「大丈夫、ちょっとチクっとしただけだから……」


 魔王時代、仲間を治療する経験などなかった。

 絶対的強者である魔王は回復魔法を使うことも、使われることもない。

 回復など、弱者がすることだと思っていた。


 だから、勇者パーティが回復魔法を駆使しながら時間をかけて戦うというスタイルが気にくわなかったのだが――やはり、人間の体は弱い。


 魔王の体のように状態異常攻撃が一切効かないなんてことはない。だから、いちいち回復しなければいけないし、仲間がいないと冒険は困難になる(もっとも前回の勇者は十分なレベリングをしてからこのダンジョンに挑んでいたので、状態異常になってダメージをくらい続けても、十分なヒットポイントがあったのだが)。


「すまん、リイナ。やはりレベリングを十分にしてから洞窟に挑むべきであった……」


 魔王時代の記憶や魔物の特徴がすべて頭に入っているので、アドバンテージはがあるが、リイナはまったくの冒険初心者なのだ。両親から話を聞いているといっても、まだまだ実戦慣れしていない。


「ううん、大丈夫、あたしも早く洞窟に行ってみたかったし……それに、ルーファ強いもん。おかげで、ほら……レベルもまた上がったよ!」


 体が一瞬軽く輝いて、ルーファとリイナのレベルが上がった。そして、吸血蝙蝠たちは銅貨を六枚ほどドロップしていた。


「レベルがあがるとともに状態異常も治って体力も回復すればいいのだがな……」

「それはそういうものだからしかたないよ、世界の法則だもん」


 まぁ、あまりにもご都合主義だといけないという神の采配だろう。

 もっとも、この世界に神がいるかどうかは元魔王ですらわからないのだが――。


(……いや、おそらくいるのだろうな……魔王と勇者をこうしてあべこべに転生させるようなことを偶然できるとも思えぬ……)


 いろいろと思うところはあるが、いまはこの状況を立て直すことが第一だ。


「よし、リイナ。いったん戻ろう。まずは外でレベリングを十分にしてから、もう一度この洞窟へ挑戦しよう」


 魔王時代は考えられぬ戦略的撤退だが、こうして仲間と行動してみると自分の都合だけで物事を進めてはいけないことを学んだ。


「んー……大丈夫だと思うけどなぁ……今度はあたし油断しないし」

「いや、万が一ということもあるしな。万全な体勢で臨むべきだ。この洞窟には吸血蝙蝠よりも強い敵も出るし、なかなかの手練れのボスもいるしな……まぁ、いまのままで倒せぬ相手ではないが、念には念を入れよう」


「そうなの? というかなんで出現する魔物とかボスを知ってるの?」

「あ、いや……まぁ、そんな気がする、というだけだ。! の直感はよくあたるからな」


 ルーファはごまかしながら、撤退の準備をすることにした。


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