第10話「城下町で装備を整える~リイナの笑顔~」

☆☆☆


「とういうわけで、城下町へ、とうちゃ~くっ!」


 ルーファとリイナは村から再び城下町へと戻ってきた。


 それまでに戦闘が三回ほどあったが、逃げずにちゃんと戦闘して経験値と銅貨を得た。


(この冒険が終わったときは魔物たちの供養塔を建てねばな……)


 そんなことを思いつつ、元魔王勇者はリイナに引き連れられて(リイナが先頭で、その後ろに勇者という隊列になっていた)、武器屋に向かう。


「城下町に武器屋はふたつあるけど、こっちが大きな武器屋で比較的安価に武器を揃えられるの。もうひとつのほうは剣しか置いてないマニアックな専門店なんだって」

「そういう情報はどこで手に入れたのだ?」


「え、そこらへんの人に話して聞くに決まってるじゃない! ルーファが暗い顔してなにか考えているうちに、あたし情報収集してたんだよっ!」

「なるほど、そういうものか」


 魔王時代は、部下が勝手に情報を集めてきた。あるいは、水晶を発動すれば勇者の動向は掴めた。自分から人に話を聞きまわるという経験はなかったのだ。


「ほら、ルーファも情報収集してよ。この城下町にいる人全員に話を聞いておこうよ。家にいる人も含めて!」


「いや、さすがにそれは迷惑だろう。勇者だからといって他人のプライベートな空間に踏みこんで、あれこれ話を聞くというのは向こうに負担を強いることになるのではないか? しかも勇者ならば、相手も無下にはできぬ。茶菓子を出したりと対応が大変だろう」

「もー、そうやってなんでもかんでも理屈こねて行動しないんだから、ルーファは!」


 そう言われると、面目次第もなかった。


「というか、まずは武器と防具を揃えるんじゃなかったのか?」

「あっ、そうだったね。それじゃ、入ろっか!」


 店の前で話しこんでいても営業妨害だ。

 ルーファとリイナは武器屋へ入った。


「いらっしゃいませ……おお! これは、勇者様っ! お待ちしておりましたぞ!」


 武器屋の店主はいかにも商人といった営業スマイルが顔に張りついた裏ではなにを考えているかわからない小太りな中年男性だった。


(まさに、たぬきおやじといったところだな……というか、この城下にはたぬきおやじしかおらぬのか……)


 どうも王様と同じような胡散臭さを感じる。


(……まぁ、王都の武器屋といったら、国の役人と結託していると考えたほうが自然であるしな……)


 もっとも、戦乱がおさまったあとの十五年はなにをして食べいたのかという話ではあるが。


 店の片隅のほうに、魔王復活前まで売っていたと思われる草刈りに使うような鎌や、薪を割るための斧があった。

 あとは……店の奥には観賞用の華美な装飾がされた剣も飾ってあった。


(なるほど……平時には庶民向けに農機具を、そして上級国民に豪華な剣などを売っていたわけか。こういう役にも立たぬ剣が権威や富の証となっていたわけだな……)


 確かに、毎回魔王が復活するたびに一から武器屋や防具屋を整備するわけにはいかない。平時には平時の商売をして、戦乱の時に扱うものを変えるわけだ。

 そういうところに人間の営みの大変さとしたたかさもも感じられた。


「勇者様、こちらの剣などいかがでしょう? 騎士団の標準装備にも選ばれているロングソードでございます!」


(……ああ、なるほど……平時にも騎士団はいるからな。そこに食いこめば商売は安泰というわけだな……)


「それとも、ショートソードのほうがお好みでしょうか? こちらのショートソードの切れ味もなかなかのものでございますぞ!」


 たぬきおやじはルーファが腰に短剣を装備していることに気がついて、すぐにショートソードを進めてくる。


「うむ……とりあえずロングソードをいただこうか。短剣はこれまで使ってきて愛着もあるしな」


 魔王は盾を持たない。守る姿勢を見せるのは弱者のすることだからだ。

 だから、元魔王勇者は攻撃に特化することにした。


 普段はロングソードで戦い、短刀は腰に装備しておいて、いざというときに使えばいい。


 短刀に慣れてはいるが、やはりリーチというものは大事だと思うのだ。魔王時代の経験がそこに生きている。


(もうひとつの武器屋のほうも気になるが……ここでそちらの剣を買うと、無用な争いを招きかねぬからな……)


 特に騎士団に食い込むような武器屋となると政治力もかなりあるだろう。権力のある商人に難癖をつけられてマニアックな武器屋が潰されることがあってはならない。そんな配慮ができるのも、かつて魔族を統べていた元魔王ならではであった。


(魔族も貴族的であるからな……嫉妬ほどおそろしいものはない)


「それじゃ、あたしはこの皮の手甲いただくね♪」


 格闘家兼魔法使いという珍しい職種のリイナは、とりあえず格闘を磨く方向のようだ。


(うむ、攻撃は最大の防御であるからな。それに、格闘のほうが適正があるのはどう見ても明らかであるし)


 元勇者魔王はリイナの選択の正しさを認めた。


「勇者様、ありがとうございます! どうぞまた弊店を御贔屓にお願いいたします!」


 営業スマイルを浮かべるたぬきじじいに代金を支払って、ふたりは武器をあとにした。怪鳥を倒したことで資金は潤沢にあるので、まだまだ余裕はある。


「よーし、次は防具を買おう!」


 リイナに先導されて、元魔王勇者は装備を整えていった。

 そして、一時間半後――。


 頭部、身体、足元の装備を整えたルーファとリイナがいた。


 ルーファは兜も鎧も足元も上質な皮を使ったものだ。金属を使った防具もあったが、防御力よりも素早さを重視した。


 魔王時代は堂々と受けてたつスタイルだったが、人間の体なのでスピード重視の戦いをすることにした。


 リイナは頭にハチマキ、服はメイド服、足は皮の靴。


「というか、なんだリイナ、その装備は……」

「えっ! だって、メイド服かわいかったんだもんっ! それに、冒険が終わったらうちの宿屋で使えるでしょ!」


「いや、それまでにボロボロになると思うぞ? さすがに無傷で冒険を終えられるわけがなかろう」

「っ、そ、そうならないようにルーファがあたしを守ればいいじゃないっ!」


「むぅ……我は素早さ重視で盾代わりになれんのだが……」

「それじゃ、素早さ重視でサクっと相手を倒しちゃえばいいでしょ!」


「うむ、それならなんとかなるかもしれぬな。さすがにボス級はきついだろうが……」

「あたしも守るの好きじゃないしガンガン責めてみんな速攻で倒しちゃおう!」


 こんなバリバリの武闘派なのに回復魔法属性もわずかにあるというのだから、世の中わからぬものである。


(まぁ、遺伝が出ているということだろうな……格闘家の父親の影響がほとんどだが、母親の回復魔法の素養も受け継がれているのだろう)


 初歩回復魔法でも、使えないよりは遥かにいい。


「ちなみに回復魔法は現時点で何回使えるのだ?」

「えっと、一回!」

「そうか……なら、大事に使わねばな。薬草も多めに買いこんでおこう」


「えっ、もしかしてもう洞窟に挑んじゃうの? レベリングは?」 

「怪鳥を倒したことで十分上がったであろう。それに装備も整えた。十分攻略できると思うぞ。それにやはり無益な殺生はあまりしたくない」


 魔王時代の知識であの洞窟がどういう構造であるかはわかっている。そもそも出没する魔物を決めたのは自分だ。


 ただ……今回の魔王が配置を前回同様にしてくるかはわからないが。


 基本的には出没する魔物はそのエリアに棲息するものを割り当てるので、極端に強い魔物は配置できないはずだ。


(しかし、最初の村で強制イベントを起こして戦闘を吹っかけてくる好戦的な魔王であだからな……用心はしておいたほうがいいか……やはり薬草や毒消しは多めに持っていかねばな……)


「む……そう言えば怪鳥を倒したときに手に入れた『素早さの羽』だが……あれはリイナが使うがいい」

「えっ! いいの?」

「ああ。そのぶん道具袋に薬草や毒消しを入れておこう」


 ちなみに道具袋はそれぞれ腰に下げてある。一人一袋でアイテムを十五個持つことができる。ふたりなので三十だ。


「それじゃ、『素早さの羽』使うね!」


 リイナは自分の道具袋から羽を二枚取り出すと、ぎゅっと握りしめて使用する。

 そうするとアイテムが光を放って霧消し、代わりにリイナの体が光に包まれる。


「あはっ♪ なんか体が軽くなったみたい!」


 リイナはうれしそうにぴょんぴょん跳び跳ねる。


 メイド服姿で飛び跳ねるリイナは注目の的だ。

 リイナはお姉さんぶるが、けっこう精神年齢が低いところもあった。


(まぁ、リイナの喜ぶ顔を見るのも悪くないがな……)


 魔王城にいた頃は、笑顔というものはほとんど見る機会がなかった。


 みんなどいつもこいつも残忍な顔をしており、笑顔といえば勇者や冒険者を痛めつけるときに嗜虐的な笑みを浮かべるぐらいだ。


 基本的に魔族はドSの集まりなのだ。


 だからこそ、宿屋に引き取られてからのルーファは家庭の温かさ――特に喜怒哀楽が激しくてよく笑うリイナに困惑したものだ。


 なぜ、そんなに笑うのか。笑うことに意味なんてあるのか。


 戦闘に特化した魔王からすれば笑顔なんて邪魔であり、いかに冷静に、そして冷徹に相手の息の根を止めるかが大事だった。


 喜怒哀楽を表情に出すことなどマイナスにしかならない。感情のわずかな動きが戦いを左右するからだ。


 戦いとは――最後まで冷静でいられたものが勝つのだ。

 しかし、冒険者の娘として生まれたわりには、リイナは表情が豊かだった。


 リイナの両親は元魔王から見てもかなりの実力者だと思うが、リイナやルーファの前ではただの子煩悩な父であり母であった。


(ただ……リイナの両親が勇者のパーティにいた格闘家と白魔法使いに似ている気もするのだがな……まぁ、我の気のせいであろうな……)


 そんなことを考えていると、喜びをジャンプで表現し終わったリイナがルーファに顔を向けてきた。


「それじゃ、ルーファ! 薬草と毒消し買って洞窟攻略に向かおー♪」

「うむ、そうしよう」


 それぞれの道具袋を薬草と毒消しでいっぱいにしたルーファとリイナは城下町をあとにして、洞窟へ向かった――。

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