第9話「現実主義へ転換する元魔王勇者と彼女がほしい元勇者魔王」

☆☆☆



「ねえ、せっかくだから城下町に戻っていろいろと装備を整えようよ! 武器とか!」


 怪鳥を倒したあと、念のため薬草を四つほど買ったところで、リイナがそんな提案をしてきた。


 魔王時代は最初から魔王の鎧・魔王の剣・魔王の兜などがあったので、自分で装備を買うなどということはなかった。


 人間になってからは宿屋の手伝いで食料や日常品を買いに大きな町へ行くことはあったが、祖父からもらった短剣をずっと使い続けていたの、新たな武器を買うこともなかった。


「ううむ……それでは、ますますこれまでの勇者と変わらなくなる気がするが……」

「だって、ルーファは勇者なんでしょ? じゃあ、これまでの勇者みたいに勇者らしくすればいいんじゃない?」


 ルーファが元魔王であることを知らないリイナは、しごくもっともな疑問を口にしていた。


「だが、しかし……」


「それにさっきみたいな強制バトルがあるかもしれないし、村の人に聞いた話じゃ、まずは洞窟を通らないと次のエリアへいけないみたいだから、ある程度装備を整えてレベルを上げないと途中でやられちゃうかもよ! 洞窟で戦闘不能になったら、絶対そのまま殺されちゃうって!」


 本当にいちいちもっとも指摘だった。


(そうか……勇者というものは、望むも望まぬも関係なく殺人鬼になり銭ゲバにならざるをえないのだな……)


 ここから魔王城がどれほど遠いかは、元魔王の自分が一番よく知っている。

 それまでひたすら逃げ続けることは不可能だし、そもそも最後の魔王との戦いのときにレベル1初期装備で勝てるわけがなかった。


 元勇者魔王は自分の甘さを痛感させられた。非暴力非服従では冒険は成り立たない。


「やっぱりルーファにはあたしがついてないとだめだよねっ! 冒険者だったお父さんとお母さんからいろいろと冒険の心得も聞いてるし、あたしに任せて!」


 またいつものようにお姉さんぶるリイナ。こうなると、従順な弟のように振る舞わないとだめだ。逆らうとへそを曲げて話してもらえなくなる。


「わかった……我は理想主義的というよりも夢想主義的であったと反省している。ここは断腸の思いで現実主義路線に方針転換するしかないようだ」

「もー、本っ当にルーファは難しいことばかり言ってて、わけわからないんだから~」


 元魔王勇者の葛藤はリイナに容易く切って捨てられて、結局、ふたりは城下町へ戻ることになった。


★★★


 村を出たふたりを茂みから見送る元勇者魔王。

 魔王自ら偵察という掟破りをしたが、得るものはあった。


(リア充死すべし)


 そう。リア充ではなかった元勇者魔王にとって、女の子とイチャコラしながら冒険する元魔王勇者は許しがたい存在だった。

 ちなみに元勇者魔王のパーティは物語中盤になるまで女キャラが加入しなかった。


 男ふたり旅である。


 しかも女キャラがふたり加わった途端に、すぐに男格闘家と女白魔法使いはすぐいい雰囲気になったのだ。

 そして、黒魔導士女はフードをかぶった不気味な無口キャラ。

 モンスターを滅殺してはニヤニヤしているヤバい奴だった。


 世界最高峰の四人だからこそ魔王を倒すために組んだわけだが、なかなか微妙なパーティだったと思う。


(あいつら……元気にやってんのかな……)


 あのとき、魔王と相打ちになって死んだのはおそらく自分だけ。つまり、残り三人はおそらく今もこの世界にいるはずだ。十五年の歳月で歳はとっただろうが……。


(まぁ、どうせリア充たちとコミュ障がどうなろうと知ったこっちゃないか……)


 なんにしろ、自分の姿は完全無欠に魔王である。


 角のついた兜をかぶり、顔つきだけでもゾッとするような冷酷さ、鎧は黒で統一されており、体の周りは常に闇のオーラが漂っていて禍々しい。

 しかも、なんか勝手にオーラが出ているので、自分で引っ込めることができない。


 これで元勇者ですといっても信じてもらえないだろうし、そもそもそんな事実が公になったところでなにも変わらない。


 魔王を倒さねば、魔物は消えないのだ。ならば、魔王の中身が元勇者だろうとなんだろうと世界に平和を取り戻すためには魔王を倒すしかない。


(こう考えると、魔王も難儀な生涯だな……)


 生きてると迷惑がられ、死ぬことを望まれる。


 魔族のような知能がある者なら言うことを聞くが、末端の獣のような魔物の中には知性が低さすぎて統御できないものもいる。それに襲われたからといって、なんでもかんでも魔王のせいにされても困る。


 しかし、悪の象徴である魔王は人々にとって極悪でなければならず、倒すべき存在であり続けねばならない。


(……まぁ、魔王に転生しちまったもんはしょうがねぇな。どうせ滅ぼされる運命なんだ。こうなったら徹底的に魔王を堪能してやるかな……それとも)


 いっそ低レベルのうちに勇者を倒してしまうか。

 そうなれば、世界は魔王のものになるかもしれない。


(そうなれば、世界の美女も俺の妃にすることもできるか……)


 勇者時代は叶えられなかったハーレムを構築することができる。


(ん、それって、魅惑的な未来じゃねぇか……!?)


 別に今の王様はろくでもないんだし、いっそ自分が新世界の王――魔も人も統べる新の王になればいいのでは――?


 それは魅力的なアイディアだ。しかし、魔の勢いが強くなればなるほど世界は魔物で溢れかえり、人間にとっては地獄の時代になるだろう。


(あー、それは微妙かー……俺も一応元勇者だし、魔物に襲われてた村を命がけで守ったりしたからなぁ……)


 ここでやりたい放題やれば楽しいかもしれないが、かつて自分が救った人たちがまた苦しむ姿を見たくはない。


(さしあたっては、彼女ほしいな……)


 とりあえず元勇者魔王は大幅に目標を下方修正することにした――。

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