その4

 二人でもぐもぐ朝ごはん(ルナは二度目)を食べ終わって、ルナは再び魔法の練習に行った。

 本当に僕はなんでここにいるんだろうってぐらいに、なんにもやることがない。やることがないから、僕はちょっと思いにふける。思いというか、考え事だよねこれ。

 今日のお昼ご飯何にしよう。

 今日は天気がいいから、夜は星でも見に行こうか。

 もうちょっと暖かくなったらどこに行こうか、とか。

 ルナも一緒に出かけるといいかな、とか。

 ……僕は何か忘れているような気がするような。

 

「――?」


 ルナが何か言ったような気がした。

 一緒に、あたりが暗くなったことに気づいた。

 夕立かな?

 そう思っていた。でも何か違った。


「きゃあ!」

「え、ルナ?」


 ルナが悲鳴を上げた。


「ぶわっ」


 効果音じゃないよ僕の口からでた。

 突然の強風が、ルナに、僕に襲い掛かってきた。なんとも酷い、飛ばされてしまいそうなほどの風。

 僕がこうなんだ、ルナは……。


「ちょ、たす、かぜ、飛ばされちゃう」


 もちろん飛ばされようとしていた。いったい何なんだこの風は。


「ル、ルナ!」


 ワンピースのスカートがちょっときわどいけど! いやそこじゃない。

 僕はルナに駆け寄ろうと足をだした。だけど、あまりの風の強さに、うまく進めない。

 そんな間にも、ルナはじわじわと風に押されていた。


「やぁっ」

「ええい、こんな時に必要なのはっ」


 僕は杖を握りしめた。


「ビュワ――」


 違う! これじゃない。

 珍しく頭がうまく動いていない。というか、焦っているのか。

 ルナが軽すぎるんだ。そうだ!


「アシズシン!」


 力いっぱい叫んだ。杖をルナの方に振る。

 凄まじい速さで、杖から光が飛び出したのがわかった。ずびゅんっと音が鳴ったように聞こえた。


「な、なに……おわっ!?」


 ルナの足元が少し沈んだような気がした。いや、実際に沈んだのだ。


「あ、足が固まったみたいに動かなくなった!」

「そのまま体を風に向かって低くして!」


 言われたとおりにするルナ。髪は風に吹かれているが、体はピタリと留まっている。

 ルナはその状態から、魔法書を広げまさに魔法を使おうとしていた。

 やり返すつもりかっ!?


「こんな風、追い返してやる!」


 と、魔法を唱え始める。だが、そうすると突然に、風が鋭く唸ってきたような気がした。


「――きゃっ」


 より一層強くなった風は、ルナの持ってる魔法書を空へ投げ飛ばした。

 それどころか、その風は本に怪しく絡みつき、そして、


「ああっ」


 本を切り裂くように吹き荒れ、そのページを次々と切り離し飛び散らせた。


「ちょっと、やめてよー!」


 ルナが叫ぶ。


「あははははっ」


 と、突然の笑い声。僕じゃないよ。流石にそんなに酷いことしないよ。それは女の子の笑い声だった。


「――!? 誰っ!?」

「どうだ、私の風の方が強いでしょっ」


 ルナよりも少し背丈が小さい、そして明るい緑のミディアムヘアー。が、風に揺らされている。

 体つきはルナよりも弱い。弱いってなんだって言われそうだけど、つまりより少女なんだよ、と補足しとく。

 そんな少女が草影から現れたのだ。

 ルナと同じ魔法使い。


「ちょっと、本がバラバラに飛んでっちゃったじゃないのー!」

「ざまぁみろぉ」


 ふんすっとこの少女もまた腰に手を当てふんぞり返っていた。

 性格は難有りそうな雰囲気だけど、顔はルナと並んでとても『美』だと思う。その美を引き立てているのは、どうにもこの場には似合わない格好でもある、フリフリルな青基調のロリータファッションだった。

 村では見たことない娘だけど、どこから来たのかな?

 とか考えてるけど、そういえば本が悲惨なことになってたっけ。ちょっとルナが可哀想だから、手を貸してあげようかな。

 変な風の正体がわかったから、僕は落ち着いていた。

 二人の少女がお互いを睨み合ってる横で、僕は杖を空へ向ける。


「マトメルト!」


 唱えると杖の先から光がぽーんっと飛び出した。

 僕は、飛び散った本のページを取り囲むようにその杖で円を繋いだ。その光も杖に引っ張られるようについてくる。

 取り囲まれた本のページは、みるみると風に逆らいながら真ん中に集まっていく。

 本はたちまち元の魔法書にまとまり、ルナの手元に戻ってきた。


「ヒカルっ! ありがとう!」

「な、何よ今のっ!?」


 少女が驚いていた。だからだろうか、風の力が弱まった。

 僕は、ルナにかけたアシズシンを解く。


「おっと」


 一瞬、バランスを崩しかけたルナだったが、その後見事な身のこなしで少女から距離を取った。

 案外と運動神経はいいんだよなぁ。

 ばっと魔法書を開いたルナが魔法を唱えた。

 何か長い文章だったし、僕にはわからなかったけど、途端にルナの本が光り輝いて、ルナの手の周囲に不思議な模様がいくつも浮かんでいた。

 これが魔法書を使った魔法。

 

「捕まえてあげるー!」


 突き出したルナの手から、水が生み出される。その水はまるで龍のように、立ち尽くす少女の方へ飛びかかる。

 

「――!?」


 ハッとした顔を見せた少女。ポケットから、何かカードのようなものを取り出した。

 指の間に挟み、


「ちょっと待って、よっ!」


 と叫びながら、そのカードを目の前の地面へ投げた。そのパフォーマンスちょっとかっこいいぞ。

 地面に刺さるカード。すると、その場に魔法陣が形成された!


「エアリアス・ウォール!」


 そう唱える少女の目の前に、風が集まり、みるみると壁を作り上げていった。襲い来る水を防ぐつもりか!

 なんとも両者、魅せてきますねぇ!

 かたやルナ。風の壁を目の当たりにするが、その目の輝きは変わらなかった。

 ルナの口元がニヤリとしたように見えた。これは何か考えがあるのか!

 水の龍は、少女が作り出した壁を――迂回したあああ!まるで本当に生きているかのようだ!

 さぁ少女、どうする!?


「くっ!」


 面前にしか展開しなかった壁。

 上手くかわし、サイドから攻めるルナの龍。


「甘く見ないでよね!」


 ルナが叫ぶと、水の龍はシュルシュルっと音を上げながら少女に絡みついていった。


「やぁんっ」


 身体を縛るように絡みつく水の龍。少女は身動き取れずに、その場にしゃがみこんだ。

 ルナが「やった!」とちょっと可愛くポーズをとっていた。僕は、その少女の元へ駆け寄ってみる。


「ううう……あたしが負けちゃったとか……」


 悔しさを顔に浮かべる少女。近くで見るとまたその美少女っぷりがよくわかる。僕を、眉尻が釣り上がった顔で睨んでいたのが、うつく――


「大丈夫?」


 邪念を捨て、少女に話しかける。


「あんたが余計なことするから、負けちゃったじゃない」

「それは――悪かったけど、どうしていきなり襲いかかって来たの?」

「……あたしね、自分より強いやつに会いたくて、この辺りうろついてたの。そうしたら魔法の気配がしたのよ。探ってみたらここに来たの。で、しばらく見てた。あの女の魔法、結構強そうな気配だったから、ちょっと勝負仕掛けてみたの」


 それなん、ストリートうんちゃらの主人公じゃないんだし。


「でもくやしー! あんなおこちゃまみたいな人に負けたー!」

「あなたちょっと失礼じゃない?」


 いつの間にか僕の横に来ていたルナが少女を覗き込むように言った。


「きー! こんなおこちゃまに……おこ」


 ルナのスタイルをまじまじと見て、自分の弱さに気づいたらしい少女。声がフェードにアウトしていく。


「……この煩悩女!」

「ひどくないっ!?」


 思わず吹いてしまった。

 

「あたしはライラ! こんな煩悩女なんかに絶対に勝つんだから! 覚えておきなさいよ!」


 と、見事な捨て台詞を吐いていたが、自分の状態を忘れたわけじゃあるまい?


「それじゃ逃げらんないでしょ?」

「べ、別に逃げないわよ!」

「えい」


 と、ルナが魔法を解いたような仕草をとった。ぱちんと何かが弾ける音。そして、


「わっ」


 と、ライラに絡みつく水が霧散した。

 水に捕まっていたライラは、案の定びしょぬれになっており、ちょっと寒そうにも見えた。


「――えっちゅっ」


 何その可愛いくしゃみ。

 僕はルナの顔を見て、ルナは僕の顔をみた。つまり見合わせた。


「濡れてたら風邪引いちゃうよね、ごめん」

「あ、何、謝んなくてもい――っちゅっ」

「……ヒカル、またできる?」


 乾かせってことだよね。任せなさい。

 僕は杖を握った。その杖をライラに向ける。ゴゴゴゴっと威圧を――与えるわけないでしょ。


「ひゃっ! な、何を? いや……」

「とってくおうってわけじゃないよ大丈夫」


 びゅーんと杖を振る。そして


「コウソッカン」


 と唱える。

 すると杖の先に2つの光が円を描くように杖を囲み、そのままライラの足元に飛んでいった。

 ライラの足元から、光の逆カーテンが現れて、ライラを包み込んだ。


「な、何よこれ!」


 光の中でも叫ぶライラ。

 大丈夫だからおとなしくしてて。

 僕はなだめた。

 たちまちカーテンは消え去り、光から出てきたライラの服は、見事に乾いていた。


「え、え、なにそれ意味分かんない」


 だってさ。


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