その3

 ルナは魔法書に手をかざし、そのまま何か唱えた。

 するとたちまち周囲に怪しげな風が舞ってきたのがわかった。

 僕の服が、髪が、風になびき始めた。ほんの少しだが、あたりが暗くなったかもしれない。これが魔法というものなのか。

 「えーい!」となんだかわからない掛け声を出しながら手を前にかざすと、ルナの手に風が集まってくる。

 これが風の魔法か。

 風はビュンビュンと風切りの音を鳴らせながら、ルナのかざした手から放たれていった。


「きゃっきゃっ」


 魔法を使える(まともな)わけでもない僕から見た意見だけど、やっぱりルナが使う魔法は『凄い』と声を漏らしそうになる。いや本当に。

 ルナのあの動きや顔つきがどうにも真面目に見えないから、その凄さも相殺されてしまうんだろうけど、多分、キリッとしてくれると映えるんだろうなぁ……。

 ルナがブンブンと僕に向かって手を振っている。

 これだよね、最後まで集中しろって思うんだけど、お母さんに褒められたい娘のようなルナはとにかく上手くいった事に満足して、そしてお褒めを求めてくる。

 僕は怒られまいとルナに手を振り返す。お母さんじゃないけど、お父さん? な気分だ。

 だけどそろそろ嫌な予感がする。


「――?」


 それはルナも感じたんだろう。不思議そうな顔をしていた。

 何か来るか?


 ……

 ……

 ……


 と、構えてみたものの、特に何か起きそうな雰囲気はしなかった。

 あれ、気のせいだったかな?

 そのうち、ルナはまた別の魔法を使おうと、本をパラパラとめくっていた。

 そういえば僕はなんでここに連れてこられたのだろう? 結局、ルナの魔法のお披露目会に付き合ってるだけにしか見えない。お腹空いたんだけど。


「ルーナー、僕朝ごはん食べられなかったんだよ、食べに戻ってもいい?」


 ハッとしたようにルナがこちらを向く。


「わたし、お腹すていないよ? 朝ごはん食べてきたし。てか朝ごはんくらい早く食べなさいよ」

「お」


 おめーじゃねぇし、おめーのせいだよ。

 口が悪くなりそうな言葉を僕は一文字で抑えられた。うん、偉いな。

 はぁー……。

 と、僕は深いため息をわざとらしくついてみた。そうしたら、ルナが怪訝そうな顔で言葉を続けてきた。


「ねぇちょっと、わたし今集中してるんだから、話しかけないで」


 なんちゅう自己中。

 みてみてーって言ってるやつが集中も何もあるかいっ。


「でも、どこにも行かないでよッ」


 おん? ツンデレっていうんですか? どこか遠くの世界で使われてそうな気がしますね。

 まぁルナくらいの可愛い子だったら別にそれはそれで言われて嫌ではないけど、とにかくごはんが食べたい僕。そういえば準備仕掛けたまま僕連れ去られたっけ。もう。

 うーん、と僕は考えた。そして杖も握った。

 今回頭に浮かんできた言葉は、さっきまでの某商品名みたいなものではなかった。むしろ青いタ……いやこれは知らないはずなんだ僕は。

 僕は真横の何もないところに杖を向けた。

 僕が動いたのをルナは目に入れたようで、自分の詠唱を止めた。そしてたたたっと駆け寄って来る。

 ちらりと僕はルナを見た。


「集中どこ行ったん?」

「え? わたしもね、他人の魔法を研究しないといけないと思ったんだよ」


 相変わらず僕の魔法から興味を失わないのは凄い。いや、僕もルナの魔法にはとても興味あるけどさ。

 もうちょっと、こう凄腕の魔法少女みたいな威厳とかないのかね。


「ごほん」


 僕、咳払い。


「ツナガリ・メイズ」


 ちょっと杖をリズミカルに振る。

 すると、杖の先から、 


 一瞬杖が激しい輝きを放った!

 

 のメッセージウィンドウ状態だった。

 ほんの一瞬だった、眩しいのは。『めがぁ』とか言える時間もなかったよ。これは気にしないで。

 それで、杖の少し本当に少し先に、光の輪が現れた。キラキラと、まるでしゃらんらと音がしそうな雰囲気で。

 ルナも僕も、その輪に近寄ってみた。そして二人してその輪を覗き込む。

 ほとんど反射的にそれをしてたから、気にもしなかったけど、ルナとの距離がすごく近かった。

 ルナからは桃なのか何なのか、甘い不思議な香りが漂ってくるではないですか。

 覗き込むのも自分よりも低い位置にある輪だから、かがむようになる。ルナのサラサラの髪がするするっとルナの肩から流れ落ちる。


「あぐ」

「ねぇ、これ何?」

 

 きゅっと僕の方に振り返り、僕の目を見つめるルナ。

 瞳がとってもきれい(物理)。

 そんなクサイセリフを、別に口から出してるわけじゃないから、別に何も思いはしない。


「この輪っかの中は、僕の家の中と繋がっているよ。朝ごはん食べたいから」

「へぇ! なにそれ意味分かんない。てゆかまた食べるの?」

「女子高生みたいなセリフをしれっとはかないでよ。それに今日まだ何も食べてないよ」


 僕はそのままその輪っかに手を入れた。

 少し中をまさぐると、その手に何かの感触があった。これは、朝ごはんのトーストかな。うん、冷たい。

 にゅっとその輪っかから冷めたトーストを取り出す僕。

 またもルナから感嘆の声が上がる。

 焼き加減は良かったはずなのにさ。


「冷めちゃったね」

「誰のせい? ねぇ」

「温める?」


 と言ってルナは魔法書を広げた。おそらくそこに書いてある火の魔法でも使うんでしょ? そんなことしたら焦げますがな。


「炭にしないならいいけど絶対ムリだから遠慮しとく」


 そしてぶーたれるルナ。

 僕は杖を握った。

 

「ヌクーイ」


 すっぶんと杖を振りながら唱える。

 朝は部屋を暖めるのに使った。今度はトーストにだ。

 などと説明していると、ぽんっとトーストから音がした。

 SEがちょっと不思議なのはきっと設定ミスだ。だけど、トーストは見事に温まった。そういえばトーストの上には目玉焼きも乗せてたっけ。いい感じ。


「おいしそう!」


 と言ってそれからちょっと静かになる。


「……」

「……」

「……食べないの?」

「……おなか空いてるの?」

「え? そう見える?」

「子犬が、口に運ぶ食べ物を物欲しそうにせつなそうに見送ってる顔、に見えるよ?」

「失礼じゃない?」


 ルナがちょっと顔をしかめた。

 僕は気にせず、あーっと口を開けてトーストをほおば……

 じー

 ほおば……

 じー

 目線がトーストから動かない。いや。食べにくいよっ


「……同じものでいい?」

「え? いや、わたしそんなつもり」

「でしょう」


 僕は杖を握った。


「オナジモン」


 唱えながらびしっと杖をトーストに向ける。

 今回は特に輝きとかはしなかった。だけど、目がおかしくなったように、トーストがブレて見える気がする。

 いや、別に異常とかではなくて、これがその効果。


「わっ」


 よく見るとトーストが二重に重なっていた。


「ふえたぁー!」


 マジシャンもおなじみの複製術みたいになるね。

 僕は増えたトーストをルナに手渡した。


「ありがとうー!」


 にこやかに、本日二度目の朝ごはんですね、あなたは。

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