その2

 ヒカル君、おはよう。

 ヒカル、朝早いな!

 ヒカル、今日も……大変ねぇ。

 村の人からあれよと声をかけられる。最後なんか、ちょっと憐れみ含む目を向けられていた気がするけど。

 みんな初めは僕のことを不思議そうに若干不審そうに扱っていた。それもそう。異国風の姿をした人が、突然村に現れたんだから。

 だけど、そんな僕を、かばうように話しかけてくれたのが他ならぬルナだった――


『ああー! 遊びに来てくれたんだ! 久しぶりだね』


 それも突然だった。でも、その言葉で村の人は「ルナの友達だったのか」と、簡単に信じ込んでしまった。

 それだけ、ルナは村の人に信用されて、そして可愛がられて愛されて。実際、ルナは可愛い。

 プラチナブロンドの美しいロングヘアー。瞳は輝きが舞うようなアンバーカラー。

 背丈は僕よりも小さい。体つきは……。いや、それはいいか。


 確かにその時は助かった。でも、その時僕の手を取ってくれたルナが、ルナの目が一瞬イタズラの色に染まった気がしたのは、それは気のせいじゃなかった。

 ルナはその日から、僕を構ってくれるようになった。

 ルナは僕が持っていた杖を不思議そうにして見ていた。


『これ、なに?』


 僕にはそれがすぐに杖だとわかった。だけど、ルナにはわからなかったみたいで、続けて聞いてきた。 


『何に使うの?』


 しかし確かにすぐに杖だとわかったけど、それをどう使うのかなんて、その時はわからなかった。

 もちろん魔法なんだろうけど。

 だから、僕はとりあえずそのまま口に出した。


『魔法用だよ』


 と。

 最初は驚くかと思ってたけど、この世界には魔法が当たり前に存在しているようで、さほど驚くことはなかった。だけど、食いついてきた。


『へぇ、杖? を使う魔法なんてあるんだ』


 そういうもんじゃないのかな? と思ったが、どうやらここは魔法陣とか、魔法書とか、そんなんで魔法を使ってるみたい。杖なんてものはないらしい。

 へぇ、どっちも「字」で魔法を生み出すのか。

 なんて、妙に納得した。自分がなんでそんなに納得できてるのかも特にわからずに。


『これでどうやって文字を書くの?』

『書かないよ』

『へ?』


 きょとんとした顔がちょっと間抜けで、でも可愛かった気がする。

 でも、ついそうやって答えてしまったから、ルナは期待の眼差しを向けてきた。


『みせてみせて!』


 まるで子供のようだ。

 なんて考えてる場合ではなく、そんな目で見られても僕には使い方がわからないわけで。

 とにかく、考える時間を作ろうと僕は、『とりあえずお茶飲む?』なんて聞いていた。

 ルナは『おちゃよりもー』なんて言ってたけど、幸い何故か僕の家には紅茶のパックがあった。なんでだろうか。フルーツフレーバーティーだった。

 

『おいしい紅茶だよ』


 というと、ルナの目は別に輝くのがわかった。

 

『紅茶! ヒカル紅茶飲むなんてリッチでおしゃれだね』


 リッチでおしゃれの象徴になっていた。この世界では高いものなのだろう。

 さて、お湯を沸かさないといけないんだけど、困ったことにこの家にはやかんとコンロっぽいところはあるが、それをどう使うのかもわからなかった。いや、やかんに水を入れることはわかるよ。コンロっぽい方。何かで昔見たことがある気がするが、使うところなんて見なかったし……。まぁ火つけてやかんを乗せればいいんだろうけど。いや、火? そんなのどうやって点ける……。

 もっと簡単に沸かす方法ってないものか。

 そう、あれ、あの――ケトル――とか。みたいな。なんだろうそれ。

 でも、あれ、すぐ沸くんだよね。もう沸いた! って思ったような。――どこで?

 頭にめぐる問に、僕は自分でツッコむ。なぜか知りもしない単語がこうやって出てくるから。でも、まぁ気にしていても今はだめだろう。

 で僕は何を血迷ったか、ふいに杖を握りしめた。

 そして。


『モー・ワイター』


 とか、誰が考えたんだよ薬の商品名みたいな、みたいな名前を叫んで杖をやかんに向けて振った。

 そうしたら。

 突然杖から光が飛び出した! ってメッセージウィンドウが出てもおかしくないってもういいや。その光がやかんに向かって突っ込んでいった。すると。


 ピィィィィィー!!

 

 って、突然笛を吹き始めるやかん。

 まさか……。

 と思ってやかんの蓋を開けるとあついんだぁ!!

 ってお約束をして蓋を落としてしまった。


『え、ヒカル大丈夫!?』


 心配してくれるルナが近寄ってくる。


『え、何? え! お湯沸いてるの!? もう沸いたの!? 火も使わずにどうやって!?』

『ほら、魔法だよ』

『な、いきなり使わないでよー! 見そこねたじゃないー!』


 ぷんすかしていた――


 という感じで、その時はなんとかうまくいってしまったわけで、そのまま流れで今に至るっていうね。結局あの時の要領で、このなんだかパッとしない魔法を使えるようになっていったんだ。


「何ぶつぶつ言ってんの?」


 相変わらず強引に僕の腕を引っ張るルナ。


「何も。ってか、もうそんな引っ張らなくても大丈夫だよ。もう逃げないから。いや逃げようとしてないけどさ」


 そう。そのまま、ルナと一緒にいることが多くなったんだ。もう1年前くらいになるかな。


「さて」


 村から少し離れたこの場所。池がある場所だ。広い広い池。女神様でも現れそうだよね、と一人で納得してみた。

 ルナはいつもここで魔法の勉強・練習を行っている。

 ここ1年居た限りは、そんな大変なことが起こるようなイベントはなかったご時世。平和なのかなとも思えるけど、多分、魔法なんてある時点でそれは長続きはしないんじゃないか。とか変に勘ぐり過ぎてしまう。

 ただまぁ、そういえば僕はこの村から出ることなんて殆ど無いし、出ても平和な町へ出かけるくらいだから世界を知らない。

 もしかしたら世界は……。

 など考えていると、ルナが地面に魔法陣を書き出した。

 ルナは魔法陣が得意だ。魔法書を使うこともできるけど、魔法陣のほうが好きなんだって。


「アキュー・ウォール」


 呪文を唱えた。

 そこは僕と変わらない。でも、なんだかかっこいい。悔しいくらいに。

 ルナが呪文を唱えると、書いた魔法陣が輝き、すぐさまそこから水が現れた。

 現れた水はルナの周りを取り囲む。

 水の魔法の特有の音を奏でながら、みるみるルナが包まれていく。

 そのうち見事に、すっぽりルナを取り囲む水のドームが出来上がったのだ。

 これがさ、これが魔法ってものだよね……。


「できたできた! ねぇーヒカル、見てる?」


 みてみてかまってちゃん、ルナ。

 

「これ、ずっと練習してたんだぁ! できたの嬉しい」


 防御に特化した魔法だと僕は推測する。


「ねぇ、もう、見てくれてないの!?」


 おっとちょっと怒ってしまわれそうだから、返事をしようかな。


「うん、見てるよ。凄いじゃない」

「えへぇ」


 すごくフニャけた顔になるルナ。頬は少し紅潮していた。

 嬉しかったみたい。

 しかしそれがいけなかった。気を緩めたルナの魔法は、その力を失ってしまい、ルナを取り囲む水が、


「うひゃぁあっ」


 ルナめがけて落ちてきてしまった。 

 すんごく高い悲鳴。


「びしょびしょになったぁ……うぅ」


 かわいそうな声で僕に向かって叫んでくる。


「あーあ。……そこで気を抜くからじゃない?」

「だってぇ」

「だってじゃなくて。てゆか、春になるとはいえ、今日もそれなりに寒いんだけど、なんでそんなちょっと寒そうな格好なの? ワンピース姿――」


 その時気づいてしまった。

 ワンピースなルナの服が濡れて透けているではないですか。

 何このお約束パターン。

 さっきは言わなかったけど、ルナはその顔に似合わない体つきをしている。案外メリハリのある体で、着痩せするのかワンピースの時はそんなに気にならないけど、つまりまぁ、胸はそれなりにあるんでしょうけど。だめだちょっと頭が回らない。


「……わたしそんな寒がりでもないから」

「嘘つくない。さっきうち来て『幸せの暖かさ』とか言ってたじゃん」

「それ去年のことでしょ?」

「解離性健忘症かな?」

「なにそれ――くしゅん」

「いや。もう。風邪引いちゃうから早く着替えたほうが――いや、なんでもない」

「えっ」


 こんなところで着替えさせるのかと、なぜ言葉に出す前に思わなかったんだろう。

 あああ。


「ちょっとこっち来て」


 なるべく注視しないようにルナを呼ぶ。

 ひたひたとやってくるルナ。

 顔も体も髪も服も濡れて、それはもう艶やかに。

 僕は頭をぶんぶんと振って、杖を構えた。


「コウソッカン」


 唱えた呪文はルナとは比べ物にならない残念なものだったが。

 杖の先に2つの光が円を描くように杖を囲み、ルナの足元に飛んでいく。

 すると、ルナの足元からなんだか光の逆カーテンのようなものが現れて、ルナを包み込んだ。


「わぁ」


 と、ルナの感嘆の声だけが聞こえる。


「わぁ! 凄い乾いたよっ!? びしょびしょだったのに!」


 高い速乾性を与えたからね。

 ルナの濡れ場は、いや。いや。――精神に悪いよ。

 すごいすごいと大はしゃぎのルナ。

 ありがとう、とにこやかにお礼をしてくれて、そのまままた魔法の練習に行ってしまった。

 今度は魔法書を使うみたいで、本を開いてなにやらブツブツとつぶやき出した。

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